奄美シマウタと郷土教育
杉浦 ちなみ著
荒木 真歩
一般的にシマウタ(島唄)と聞いてイメージされるのは、沖縄だろうか。しかしシマウタは沖縄だけではない。奄美群島にも独自のシマウタがある。奄美群島は歴史的に沖縄とつながりはあるものの、江戸時代には薩摩藩の支配下となり、明治時代以降は鹿児島県に入り、戦後は一九五三年まで米軍統治下に置かれるなど、独自の歴史を歩み、文化を築いてきた。奄美群島のシマウタは、島人の生活の一部である。それゆえに奄美のシマウタは、島固有の文化として、これまで民族/民俗音楽学、文化人類学の分野を中心に取り上げられてきた。
しかし現代では島内外での人口の流出入が激しくなり、メディアの影響も大きく、特に戦後のシマウタを唄う社会環境はめまぐるしく変化している。このシマウタの変化をめぐる社会的要因のなかでも、国、県、市町村レベルでの公教育がシマウタの継承に与えた影響を教育学的視点から着目したのが本書である。
本書は著者である杉浦ちなみ氏が、二〇二二年に提出した博士学位論文がもとになっている。杉浦氏の専門は教育学であり、本書の内容はそのなかでも郷土教育研究、地域と教育を主題とした研究群に位置づけられている。本書で用いられている「シマウタ」の用語は、島の民謡を中心としながら、八月踊りなど集落ごとの民俗芸能の踊り唄も含まれている。
本書の構成は、序章・終章を含めて七章構成となっている。第一章は奄美と本土との関係における歴史、シマウタの性格と歴史、共通語教育による方言規制など、次章以降の議論の前提となる内容を扱っている。第二章は一九八〇年代に鹿児島県が教育行政全体の理念として、郷土教育を推進した経緯を説明し、全体像を描いている。第三章では理念としての郷土教育が実際に学校の教育現場においていかに認識され、実践されてきたのかについて経緯を説明している。そのなかでも県行政と教職員組合との議論に着目し、郷土教育批判の論点を明らかにしている。第四章は一九七〇年代以降、島外への人口流出が進むなか、公民館を拠点にした文化活動に着目している。とりわけ中央公民館での文化活動、民俗文化財保護政策と保存会、文化協会の組織化などの点から多様な活動の展開を捉えている。第五章ではシマウタが教育の枠組みで「学習」の対象となっていく様子を島々の各市町村の資料から示し、実際のシマウタ教室の現地調査から具体的な学習の様子を明らかにしている。
著者は全体的に資料調査を主軸としていると述べつつも、二〇一一年より現地調査をおこない、インタビューなどの口述資料も組み合わせることで、制度史の研究に留まらず、多角度からの検証を試みている。それに関連して、調査の方向性が教育の為政者の言動のみを扱うのではなく、学校教育や社会教育の現場レベルにおける人々の多様な創意工夫にも目を向けたことが本書の重要な点の一つであろう。
特に「郷土教育」と「地域に根ざす教育/文化」は本書を貫くキーワードとなっている。本書はこれらのことばをめぐる制度上の使用や、現場での具体的な実践までの国・県・自治体のスケールを往還することで、立体的に奄美のシマウタという「地域文化」を捉えている。また奄美の伝統文化の調査研究という点においても、これまで民俗学などを中心にシマウタの地域固有の独自性が強調されてきたことをふまえると、本書では公的な学校・社会教育との関わりにも注目したことで、鹿児島県全体の施策を受けながらも奄美シマウタをめぐるミクロな社会的文脈の変遷や現状を複層的に捉えることに成功している。
なかでも一九七〇年代以降の社会教育に注目したのは興味深い。本書(特に四・五章)では中央公民館のシマウタの講座について自治体ごとの多様性にも目配りしながら、唄う人の間口を広げつつ、この社会教育の中から人前で歌う唄者が誕生していることを資料収集・分析によって浮かび上がらせた。二〇二五年現在もシマウタが学習される環境として中央公民館の活動は大きな存在であり、それを社会教育の点から複数の地域にわたって体系的に説明しているのは、郷土教育研究はもちろんのこと、地域社会にとっても大きな貢献になるだろう。
以上のことから、本書は郷土教育研究であるが、教育学だけではなく、民俗学、民俗/民族音楽学、文化人類学などの近接分野にも大きなインパクトを与えうる良書である。そして今の唄者たちが奄美という地域に住むことを重要視したり、出身地域を大事にしている背景には、無意識的であれ学校教育や社会教育が多少なりとも影響していることを本書は気づかせてくれる。(あらき・まほ=京都市立芸術大学日本伝統音楽研究センター特別研究員・神戸大学国際文化学研究科学術研究員)
★すぎうら・ちなみ=法政大学現代福祉学部専任講師・社会教育学、地域文化論。共著に『地域文化の再創造』など。
書籍
書籍名 | 奄美シマウタと郷土教育 |
ISBN13 | 9784909544414 |
ISBN10 | 4909544410 |