2025/07/11号 7面

百人一瞬 Crossover Moments In mylife・マリオン・ラヴァル=ジャンテ(小林康夫)

百人一瞬 小林康夫 第70回 マリオン・ラヴァル=ジャンテ  本連載第63回(ドミニク・レステル)で、二〇一四年夏にドミニクとともにマリオンさんを東大に招いて「非人間」についてのシンポジウムを行ったことに触れた。そしたら、これこそ回帰する時間! 入れ替わりでマリオンさんが来日し、突然、「会いましょうよ」とメールが届いた。それならと、ドミニクの時と同じく表参道で待ち合わせたのだが、一緒に登場したのが、彼女の夫のジャン=フランソワともうひとり友人のフランス人女性で、四人で近くの鮨屋で夕食ということになった(しかも、その後、彼らの息子さんと娘さんも合流。慶應義塾大学の大学院に留学中の娘さんがこの秋で学業修了で、今回の日本家族旅行となったらしい)。  すでに書いたように、マリオンさんは、パリの「パンテオン・ソルボンヌ大学」の芸術・人類学の教授であると同時に、みずからもアーティストで、ART ORIENTE OBJETというチームをつくって、映像を絡めた斬新なインスタレーションを世界各地のアート・フェスティヴァルに出品している。   だが、わたしにはなによりもコルシカ島の先祖代々伝わる魔術師の家系につながるシャーマンで、つまりアカデミアの知と(彼女が「見えないもの」l’invisibleと呼ぶ)異次元的存在との交信能力を兼ね備えているところが魅力的。二〇一六年に東大の大学院IHS(多文化共生・統合人間学)プログラムの企画で院生たちとバリ島のウブドに行くことになったとき、直前にマリオンさんに話したら、「それならゴア・ガジャの洞窟に行かなければだめよ」と言われた。彼女にとっては、そこは「直通電話のように」異界とつながる世界でも稀な場所なのだ、と。  「非常」の呼びかけには素直に従うわたしなので、ウブド滞在の最終日の早朝、たったひとり車を手配して、まだ誰も観光客のいないゴア・ガジャを訪れた。もちろん、わたしには「直通電話」はつながらないのだが、それでも何か感じたのか、スピーカーから流れてきたガムランの音楽に誘導されるように、洞窟前の誰もいない広場で踊りはじめてしまった。あとで書いた文章によれば、「突然、音楽が落ちてくる。途端に、わたしの身体が反応して、腰をひねり、ステップを踏み、踊り出す。誰も見ていない。いや、なにものかが視ている。光のなかで手を振り、脚を踏み、首をまわして、ダンス、ダンス、ダンス、それはささやかな〈礼〉。即興の儀式。」(「水と火の婚礼――あるいは秘法XXI番」)と。  あえて言うなら、異次元クロスオーヴァーか?世界にはリアルな交差だけではなく、アンリアルな交差もまた起きるのだ。  だが、今回の表参道の夜は、ご家族連れもあってか、わがシャーマンとあまり「裏参道」の話はできなかった。マリオンさんは翌日は沖縄へ、そしてその後は北海道へ行く予定だという。  で、翌日、「わたしについてなにかヴィジョンが来た?」とメールで尋ねてみると、夜になって「あなたは孤独だ、この厳しい時代、ともに〈真理〉を生きることができる友が必要、あなたのなかにはその道が開いている、偶然がそれをもたらす」とメッセージが来たわ、と返答が来た。  流星のように小さな〈希望〉が夜空を走ったということか。  次にマリオンさんとお会いするのは、パリ郊外モントルイユのお宅か、最近フランス南西部のモンターニュ・ノワールにつくったという第二拠点だろうか。不思議なご縁ではある。(こばやし・やすお=哲学者・東京大学名誉教授・表象文化論)