日常の向こう側 ぼくの内側
横尾忠則No.699
2025.7.7 今夜は織姫星と牽牛星が年に一度会う日だといっても、なんのこっちゃと言われそう。
GUCCI関係の芹澤さんと南雄介さんを誘って箱根へ。首痛とコロナ倦怠感の湯治が目的。創業360年の広重が絵に描いている歴史的旅館に投宿。二層の建物の内部はラビリンス。自室にはひとりで帰れない。室内には露天風呂。殿様気分。小部屋が沢山あって、江戸の霊が出そうで怖い。味覚音痴は解消したかと思える食卓の品々。
2025.7.8 温泉で湯当りがしたのか湯治のつもりが今朝はやけに首は激痛。
昼食は気分転換に他のホテルへ。
東京から芹澤さんの同僚、櫻井さん合流、食卓を囲みながら今後のGUCCIとのコラボについて話し合う。
2025.7.9 起床と同時に気分悪し。急に引き上げたくなる。気分優先で「帰る」ことにした。我ながら人騒がせな性格だ。帰京に南さんがつき合ってくれてタクシーで東京へ。車中、南さんと美術やデザインについて語る。最近、急にポスターの依頼が殺到していて、絵までデザイン的になってきた。デザインから絵画に転向したが再びデザインへの興味沸く。ロト・チェンコは美術からデザインへ転向したぼくと反対の作家だが、ぼくはデザイン→絵画→再びデザインへ行こうとしているのかな。デュシャンは自分の仕事をデザインと考えていると語ったことがあるが、アートの神様に従えばデザインもアートの神になり得るに違いない。
帰京と同時に玉川病院の小野先生の診断を受ける。とにかく躰の異変を感じると病院が駆け込み寺になる。
2025.7.10 〈暑中見舞状も一般人から公募しているので応募したところ、100人の入選者に入る〉という夢を見る。昔の投稿少年だった頃の夢を夢に見る。
58年来のポール・デイヴィスにメールを送ったら、すぐ大喜びの返事が返ってきた。もうお互いに会えないので、せめてメールでの交遊を。
2025.7.11 鷲田清一さんの今日の朝日新聞の「折々のことば」は孔子の「好之者不如楽之者」で「これを好む者はこれを楽しむ者に如かず」という意味だが、「努力は夢中に勝てへん」と言う。努力は執着だからね。執着は手離せば無敵になるのだから首の痛みをワーワー言っているのは執着のせいかも。
玉川病院へ定期診断に。採血と採尿の結果、糖分さえ控えれば問題なしと診断される。
整形外科の松原先生の診断は専門的で難しく、よく理解できなかったけれど、簡単なリハビリを教わる。
帰宅後、GUCCI展の追加作品4点目に取りかかる。GUCCIの第二弾シリーズは1970年代後半に妻が集中的に描いた絵を画面に添付する異質作品。
2025.7.12 早朝、藤森先生の鍼治療を受ける。その効果覿面、あの激痛がウソのように解消。3ヶ月前に戻った感じ。でも一時的な治癒かも。
首の痛みが取れると同時に味覚も戻ってきた。
2025.7.13 首の痛みはうんと軽くなって気分上々なのに午前12時から朝まで不眠気味なのはなぜ?
今日も早朝から藤森先生の出張鍼治療を受ける。普通は鍼を刺すのだが、ぼくの場合は皮膚が敏感なので、鍼を刺さないで押すだけで充分効果があるらしい。
首の痛みが和らいでくると急に絵が描きたくなって来るが、こんな調子で何の目的もないのに、絵ばかりが増えて一体どうなるのだろう?――と考えると煩悩に振り廻されるので、何も考えない、ただ描けばいい、の反射的気分でやるしかない。
夕方に帰るなり妻が呼ぶおおぐろにエサをやるが、猫はいないが、次の瞬間、そこにいる。このことは何度も書いてきたが、あれは化け猫かも知れない。そして一瞬瞬きした瞬間に消える。ナメクジみたいにテレポート能力があるのでは。でも本人はそんな能力と無関係に出現消滅を繰り返す。絶対おかしい。(よこお・ただのり=美術家)