2025/08/29号 3面

縄文

縄文 中島 岳志著 小野 俊太郎  土偶をめぐる新説が出され評判となったせいか、縄文文化を扱う展示はどこも盛況である。評者の最初の縄文体験は、子ども向けの空飛ぶ円盤図鑑に載ったイラストだった。亀ヶ岡遺跡で発掘された遮光器土偶が、巨大な金属の宇宙人として描かれ、衝撃を受けた。その後、一九九〇年に公開された佐々木守脚本による『ウルトラQザ・ムービー 星の伝説』という古墳とエコロジーを扱う映画に登場し、謎めいた女の正体は古代に日本へと飛来していた宇宙人という展開に失望した。  ところが、太田竜の思想の軌跡をたどった本書第五章「偽史のポリティクス」を読んで、背景が腑に落ちた。七〇年安保以降に「縄文左派」として縄文とアイヌを結びつけた太田は、やはり佐々木が脚本を担当した沖縄とアイヌを扱ったドラマ『お荷物小荷物』に関する評論を書いたこともある。政府に対抗する言説を生むために、偽史という幻視を正史と錯覚してしまう流れがあった。さらに太田は空飛ぶ円盤を経て、天皇の国体を縄文と結びつける「縄文右派」へと転向してしまった。どうやら「ネタ」ではなく「マジ」だったのである。  本書は、副題にあるとおり、「原始という過去を問いながら理想の未来を語る装置」としての縄文論が、戦後どのように「革命」と「ナショナリズム」を魅了し、都合よく利用されたのかという流れをたどる。扱われた人物や題材は、岡本太郎(万博とシュルレアリスム)、濱田庄司と柳宗悦(民芸)、島尾敏雄と吉本隆明(南島論とヤポネシア)、三島由紀夫(空飛ぶ円盤)、太田竜(アイヌと国体)、上山春平と梅原猛(照葉樹林論と日文研)と、どれも現在まで大きな影響力を有している。  著者は『中村屋のボース』以後ナショナリズムを題材にしてきた。またロスジェネ世代として、右翼テロリストの朝日平吾と秋葉原通り魔事件の加藤智大とを重ね合わせたテロリズム論は刺激的だったが、評者にはいささか性急な議論にも思えた。それに比べて、本書は初出がウェブ連載のせいもあってか、各人の著書や言動に語らせ、対象との距離がとれていて読みやすい。  縄文は皇紀以前に遡る以上、皇国史観にとりかつては鬼っ子の扱いだった。そこで、「バタ臭さ」に対抗する足元に埋まった「泥臭さ」として見出され、ラディカルな天皇制批判の「縄文左派」が形成された。アイヌや琉球との類似性の「発見」に基づくものだった。ところが、「縄文」は20世紀末から「里山」と同様イメージが先行するバズワードとなり果てた。過去の縄文生活はもちろん現在炭焼などの山仕事で里山暮らしをする人は皆無で、喪失した世界だからこそ理想化が進む。  縄文と里山を結びつける論理は、書き下ろしとなった第六章「新京都学派の深層文化」で明らかとなる。日文研が中曽根総理の肝煎りで設置される過程で、アンチテーゼだったはずの縄文が、照葉樹林論を経て、ジンテーゼを嫌う梅原猛の手によって保守的な様相を見せる(この流れを取り込んだ国民作家宮崎駿は、『となりのトトロ』以来視覚的にアピールしてきた)。拡大するナショナリズムを受けて「縄文右派」が形成され、さらに数十万年前まで「日本人」の起源を遡ろうとして「旧石器」の探求もなされたが、二〇〇〇年に考古学上の大スキャンダルを生み出したことは記憶に新しい。イデオロギーは物証さえも平然と捏造するものなのだ。  抑圧された過去の記憶とみなされた概念が物証を離れ、さらに反抗や革命意識とナショナリズムとに結びつく現象は珍しくはない。縄文論がたどる運命の先例は、ロマン派以降多々存在する。ハイネの「流刑の神々」はローマやゲルマンの神々を扱い柳田國男にも影響を与えた。辺境に過去がひっそりと残るとする考えの原型でもある。皮肉なことにハイネ自身は改宗したにも関わらずユダヤ人の出自のせいで、ゲルマンを言祝ぐヒトラー政権下では禁書作家となった。渦巻き模様で知られる「ケルト文化」も縄文にあたるのかもしれない。イギリス支配に抵抗するアイルランドのケルト復興の運動内で、過剰な評価を受けたこともあった。第四章「オカルトとヒッピー」でのコミューンの失敗さえも、英米のロマン派作家の伝記を参照すると類似のものに出くわすのだ。  そう考えると本書の裏テーマが、序章で出発点として触れられたルソーなのも当然である。「言語起源論」「社会契約論」「教育論」はフランス革命さらには明治維新以降の日本への影響も大だが、「新しい教科書を作る会」のような運動へと縄文論が流れ込む下支えもする。外へと向かう西郷隆盛から石原莞爾を扱った『アジア主義』の続編とも言える本書では、内へと向かう「縄文ナショナリズム」が主題となり、自説に都合の良い「理想の縄文」を発明し続ける動きの背景とメカニズムが丹念に説明されている。読み始めたら止まらない好著である。(おの・しゅんたろう=文芸評論家)  ★なかじま・たけし=東京科学大学教授・南アジア地域研究・日本思想史・歴史学・政治学。著書に『ヒンドゥー・ナショナリズム』『中村屋のボース』『ナショナリズムと宗教』『インドの時代』『ガンディーからの〈問い〉』『秋葉原事件』『「リベラル保守」宣言』『血盟団事件』『アジア主義』『親鸞と日本主義』『保守と大東亜戦争』『保守と立憲』『自民党』『思いがけず利他』など。一九七五年生。

書籍

書籍名 縄文
ISBN13 9784778319724