2025/02/28号 3面

沖縄・八重山五十年史

沖縄・八重山五十年史 三木 健著 下嶋 哲朗  「三木健は、到底一言では論じにくい多方面の分野に関心を示している」と本書「解題」に我部政男氏は記す。その集大成が本書である。三木健氏の仕事を大別すれば①ジャーナリズム、②琉球・沖縄学の研究、③沖縄民衆史研究、と言えよう。それぞれの仕事は「沖縄が沖縄であり続けるためには何が必要か」との問いによって「有機的に結ばれて」いる。これを結節点と言い換えると、その一つに「精神の共和国」(沖縄独立・論の近似地ともいえる)論がある。本評は同論を多方面の分野のランドマークに〝あえて〟据えて進めていく。  ①ジャーナリストとしての三木の手法は事実を丹念に積み重ね、事の本質をあぶり出すところにある。「ドキュメント・沖縄返還交渉」はかの「密約」問題の裏舞台を白日のもとに晒した快作である。その三木は1975年「沖縄の独立をどう思うか」と屋良朝苗・元知事に聞いている。「あり得ません」と即答。同じ問いに池宮城秀意(琉球新報社長・当時)は「すべきだね」。両極だが三木は日本復帰の指導者屋良に「当然と言えば当然」とし、池宮城には「この人の『ヤマト嫌い』は晩年も変わりなかった」と両者の明快な立場を理解した上で、民衆を問う。「復帰から四〇年たって、いまだに多くの県民は『日琉同祖論』のくびきから解放されてはいない」と批判的である。その三木自身は「手段が目的化しないよう、自由な精神だけは持ち続けていたい」を矜持とし、「見果てぬ夢」と揶揄される沖縄独立・論を正面から論じ立てることはせず「精神の共和国」を構想するのである。  ②琉球・沖縄学の研究者としての三木は同学問のパイオニア伊波普猷らの体系『日琉同祖論』を敬しながら脇へおく。「沖縄の日本復帰は、再び沖縄を日本の国家的枠組に引き戻したかにみえる」「近代を貫流した支配者の辺境観は、戦後に至るも連綿と生きている」のである。その沖縄が沖縄であり続けるために、と問い、「沖縄の持つ特性」も「辺境のもつインターナショナルな可能性」に解くのである。ここで島尾敏雄の、日本列島を「島々の連なり」として捉えるヤポネシア論を思い出すのは間違いではない、が、三木は同論から琉球弧(奄美大島から台湾まで)を切り離し、天皇制社会ヤポニアを相対化する文化論、「精神の共和国」としての「オキネシア論」を提起する。  小さな島々で成り立つ琉球弧だが、それぞれの島社会は固有の芸能、祭祀、民俗、風習、歴史によって人間関係は濃密である。三木の出身地八重山は「個性を持った島々が、有機的に渾然一体となった」諸島域であることから、オキネシアでも中央沖縄を相対化する「八重山共和国論」を構想する。こうした地理的なマージナル化は必然、個に行き着く。国家から個へ――これは沖縄差別のまさしく歴史的な構造であり、且つ深刻な現在であるけれども、三木の「精神の共和国」は個へと凝縮していくことによって、「日本からはみ出し太平洋の島嶼社会」「世界共和国」へと、ますますひろい場所になっていくのである。その裏付けとして「八重山は台湾人、〝内地人〟 、沖縄人らの移住者に開かれてきた歴史」から「中央を相対化し」「目をアジアに開くことができる」と挙げる。さらに歴史的事実として琉球国時代からの海外交易と明治以降の海外移民というシステム、――27万人もの〝世界のウチナーンチュ〟というネットワークがある。ちなみにかの「世界のウチナーンチュ大会」は三木の発案である。  ③沖縄民衆史家として。個はその体内に国家的歴史を刻んできている、権力の本質を見抜く眼力を秘めているのだ。「精神の共和国」とは「要は自らの歴史や文化に主体的に関わろうとする姿勢の問題」なのだ。その実現には個の自覚が必要条件となるわけだが、実情はそうではない。そこで三木は個に覚醒する具体的方法として、地域民衆による地域史の掘り起こし運動を提唱する。「誰かがやるのを待っていては始まらない」と、色川大吉が絶賛することになる「西表炭坑」発掘調査はその手本として実践したものでもある。  本書の範囲は沖縄地上戦争終結から辺野古の埋め立てが決まった2014年までだが、その後埋め立ては強引に進められ、米軍基地に派生する事件・事故などは悪化の一方である。八重山を見れば日米両政府は台湾有事を煽りたて、島々に自衛隊のミサイル基地を配備、日米軍合同訓練が頻繁に行われて「まさに沖縄は戦場の様相」、観光立県にほど遠い危険な島々となった。もう「いい加減にしてくれ」という沖縄人のほとんどやけっぱちの現状からして「精神の共和国」までは気絶するほど気の長い予定表だが、〝私はなにものか〟を自覚することを促す普遍的な方法論であって、ユートピアを夢想することでは断然ないのである。  付/河原千春による詳細な年表は三木健の全体像をつかむ強力なツールとなっている。(しもじま・てつろう=ノンフィクション作家・画家)  ★みき・たけし=ジャーナリスト。編著書に『八重山近代民衆史』『聞書・西表炭鉱』など。

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