2025/06/13号 3面

いまこそ「経済学の冒険」を語る

いまこそ「経済学の冒険」を語る 塚本 恭章著 阿部 晃大  本書は著者が二〇二三年に上梓した「書評集」の「副読本」である。読書離れが嘆かれる中、書評集の副読本が企画され出版に至った。その事実にまず心を揺さぶられる。前作『経済学の冒険――ブックレビュー&ガイド100』(以下、『経済学の冒険』)が、より多くの読者に、そしてより鮮明に、「記憶」されるよう死力を尽くす。著者のそんな「覚悟と決意」や、それに応える出版社の熱意が伝わってくる。  驚くのはそれだけではない。書評集の副読本という異色のスタイルは、著者の主張の説得力を増している。語られたことを違う脈絡で語り直す。語られたことを多様な立場から語り合う。こうした営みを実直に粘り強く続けることが「経済学の閉塞感」を打開する鍵となるのではないか。本書はそのような問題提起を行っているが、自らそれを実践し、身をもってその有効性を示すスタイルとなっている。  こういった「仕掛け」が張り巡らされた本書は『経済学の冒険』への「橋渡し」の役割を担う。大学生を筆頭に「世代を超えた多様な人々」の経済学の冒険に対する知的好奇心をくすぐる内容を、本書は備えている。  第四章「書評とリプライ」は、前著への導入として好適だ。ここには栗田健一氏による『経済学の冒険』の丁寧な書評と著者のリプライからなる「往復書簡」、そして「多様なビジョンが競合共存する場」を提供した点に、その最大の貢献を見出す西部忠氏の書評が収載されている。本章を読めば前著の内容や意義について良い概観を得られる。  第一章「自著を語り直す」では、著者自身が『経済学の冒険』の問題関心を語り直している。ベースが第二章所収の吉川洋氏との対談のために執筆された原稿のため、経済学者の名前や専門用語も多く登場し、読み通すのは容易ではないが、重要な箇所は太字で強調され、そこから著者のコア・メッセージを読み解ける作りになっている。  本書は副読本ではあるが、決まったゴール(「唯一の経済学史」)に読者を手取り足取り誘導する本ではない。読者が自身の問題関心を基点に経済学の歴史の道標を独自に立てられるほどの奥行きと連なりを持つ、山脈ならぬ「本脈」を示す。前作で著者はそんな構想を明かしていた。第一章は単に前著の問題関心を示すだけでなく、読者に未知の世界の広がりを実感させ、能動的な探究を促す役割も兼ねているのだろう。  第五章「経済学の宇宙へ」は、まさにその役割が主となっている。本章には著者が岩井克人氏の経済理論や経済学史を語り直す二本の論考、岩井氏との対談、そして氏の最新作への書評が収載されている。本章は岩井経済学に対する著者の「知的高揚感・好奇心」を媒介に、読者を経済学の冒険へと誘う。専門性は高いが、逆に『経済学の冒険』で展開された岩井論を導入として併読すると理解が進むだろう。  第三章「書評という世界」は、前著に続き登場する三本を含む、計八本の書評からなるミニ書評集だ。章の副題「資本主義とこれからの社会のゆくえ」は、選書の基準を示すとともに、本書のメッセージにも関わる。  第二章「対談をつうじて」では、そのコア・メッセージが最も鮮明に提示されている。本章は『経済学の冒険』の刊行を受けて行われた水野和夫氏および吉川洋氏との二つの対談を所収する。いまこの時代に必要な経済学の「正しい冒険」をめぐって繰り広げられる率直な語り合いは、知的な刺激に満ちており、秀逸である。  全体を通じて本書は、経済学の危機的現状と必要な処方箋に関する、次のようなコア・メッセージを説得的に訴えることに成功している。  経済学は時代の変化の中で、「現実の多様な経済問題や経済現象をより良く理解し解明するために」、みずからを「再構築」する「冒険」に乗り出し、多様な学派との「格闘」を通じて発展してきた。ところが、いまの経済学では、理論体系の内に閉じこもり、その土俵で扱える問題を精緻に解き進めていく「誤った冒険」にリソースを割く傾向が強く、開かれた相互対話(格闘)を通じて、「資本主義とこれからの社会のゆくえ」のような、「大きな問題」の解決に乗り出す「正しい冒険」は下火になっている。  経済学がこのまま「経済学学」に堕することを避けるためには、貨幣や資本主義のような経済学の「最重要論点」について、これまで提唱されてきた様々な学説と現実との距離を測り直し、経済学史の道標を書き換えることにも繫がるようなスケールで理論的探究を推し進めなければならない。  著者は岩井氏の「経済学史」がそうした探究の道標になるという見解も明示している。光が当てられた道標の数々を視野に収めながら、予告された次回作で著者は経済学史をどう語り直すのか。未来への期待も膨らむ一冊である。(あべ・あきひろ=追手門学院大学経済学部講師・経済思想)  ★つかもと・やすあき=愛知大学経済学部専任教員・社会経済学。一九七四年生。

書籍

書籍名 いまこそ「経済学の冒険」を語る
ISBN13 9784924671928
ISBN10 4924671924