2025/06/27号 5面

ギンガムチェックと塩漬けライム

ギンガムチェックと塩漬けライム 鴻巣 友季子著 渡辺 祐真  『若い芸術家の肖像』と『若き日の芸術家の肖像』という本がある。どちらもアイルランドの作家ジェイムズ・ジョイスによるA Portrait of the Artist as a Young Manの翻訳で前者は丸谷才一、後者は中橋一夫による。私はなんとなく本書のタイトルを「若き芸術家の肖像」と記憶していたし、この二つの邦訳を見比べても「若き」の方がタイトルとして締まるが感じがしていた。  なぜ丸谷才一は「若き」ではなく、「若い」にしたのか。『ギンガムチェックと塩漬けライム』では、「い」か「き」か、このたった一文字に徹底的にこだわり、元の英語に遡る。「若い(若き)」は、原文ではyoungだ。youngは当然「若い」という年齢的な意味もあるが、「幼い」「未熟」という精神的な用法も持つ。日本語でも「まだまだ若い」などと言うときには、年齢だけではなく、精神的に未成熟な様も指すことができるのと同様だ。  さて『若い芸術家の肖像』は、文学を志す主人公のディーダラスの幼少期から青年期までを描いたもので、作者ジョイスの自伝的要素も含む。その中には、若者特有のキラキラした明るさもあるが、それ以上に未熟で愚かな振る舞いも描かれているのだ。鴻巣は、その両方を描いた作品として本作を読み、その解釈を「若い」(「若き」ではなく)という訳語に見出す。「若き」では格調高さや格好良さが目立つが、「若い」にはそれが無いからだ。これを読んだときに私はハッとさせられた。一文字一文字を丁寧に読むこと、そして海外文学を読むことの喜びを、鮮やかにそして簡潔に示されたからだ。  本書ではこうした具合に、英語で書かれた文学を二八作品とりあげて、あらすじや作者の紹介、そして読みどころが語られていく。言及される作品は、『ロミオとジュリエット』や『嵐が丘』のような古い作品から、『ライ麦畑でつかまえて』、『侍女の物語』、『クララとお日さま』などの新しい作品まで多岐に渡り、どれも時代背景や作者の伝記を踏まえた、豊かな読みが提示される。その読みについても、「ラジオ英会話」のテキストで連載されていたこともあって、ときに原文まで遡るのが大きな魅力だ。  本書の骨子は、以上のような豊かな読解力と確かな英語力だが、もう一つ新鮮な「驚き力(won―der)」があると思う。著者は幼い頃から、海外文学が大好きだったと語る。その理由は、海外文学には「へんてこさやふしぎ」があったから、日本人には馴染みの薄い海外特有の文化や文物が登場してワクワクしたからだと言うのだ。例えば、フラシ天、ジンジャーブレッド、そしてギンガムチェックや塩漬けライムなど。現代では、こうした未知の存在のせいで、海外文学が敬遠されることがある。だから出版社や作家は、海外文学に潜む「変わらなさ」「同じ」を強調する。海外でも、意外と同じなんですよ!と(これは古典も同様だ)。確かにそれは重要だし、私もよくやる。しかし同じなら別に読む必要はないではないか。むしろ未知に出会えるから、海外文学は楽しい!そして未知でも未知なりに親しんでいけば、少しずつ馴染めるだろう。実際、タイトルになっている「ギンガムチェック」は、一昔前の日本人にとっては全く馴染みがなかったかもしれないが、今の我々にはそれなりに馴染みがある。少なくとも塩漬けライムよりは親しんでいるし、言葉ではピンと来なくとも、その模様を見たことがない人は少ないだろう。「◯◯と××」方式のタイトルと言えば、「未知と既知」「既知と既知」を並べることが多いが、「半分くらい未知とかなり未知」を重ねたのが本書の面白さであり、海外文学に親しむ醍醐味そのものだと言える。なによりも長く翻訳と評論を重ねてきた著者が思う、海外文学の魅力そのものでもある。本書には、未知に対してワクワクして驚ける、その喜びが詰まっている。(わたなべ・ゆうま=作家・書評家)  ★こうのす・ゆきこ=翻訳家・文芸評論家。訳書に『風と共に去りぬ』『嵐が丘』『灯台へ』『恥辱』など。著書に『文学は予言する』『翻訳教室 はじめの一歩』など。一九六三年生。

書籍

書籍名 ギンガムチェックと塩漬けライム
ISBN13 9784140819876
ISBN10 4140819871