2025/08/29号 5面

謎解き『八犬伝』

謎解き『八犬伝』 小谷野 敦著 金沢 英之  『南総里見八犬伝』の著者馬琴は、同書を書くにあたり七つの「法則」に拠ったという。その第七「隠微」は、百年後の読者にはじめて理解されるような「深意」を作品の裏に潜ませるというものである。では馬琴が『八犬伝』にこめた「深意」とは何か? それが本書の「謎解き」のテーマだ。  実際の謎解きは、第四章「里見家は徳川家である」、第五章「日本の将来への予見」で披露されるが、その前にまず第一章「物語の発端」では、作品の歴史的背景を丁寧に説明しながら『八犬伝』の世界へと読者を導く。つづく第二章「青年の苦悩」、第三章「馬琴の女性崇拝と女性嫌悪」では、『ハムレット』や『源氏物語』との比較を通じて『八犬伝』前半の物語が読み解かれる。ともすれば血の通わない勧善懲悪の権化と評されることもある『八犬伝』の登場人物のなかに、古今東西に普遍的な苦悩する人間像を見出し、悪役の心理にまで共感をよせる著者のひとかたならぬ『八犬伝』愛が溢れる部分だ。加えて後半の第六章「その他の馬琴作品」、第七章「『新八犬伝』の世界」、第八章「馬琴の生涯」では、馬琴の人となりや『八犬伝』以外の代表作、関連作が紹介される。なかでもNHK人形劇『新八犬伝』は、評者も子供の頃夢中になった名作だ。今や映像のほとんどが失われてしまった幻の作品に光があてられたのは嬉しい。  さて、本書が主題とする『八犬伝』の「深意」について、著者は、犬士たちの主君である里見家は徳川家の、そして里見家以前の安房国領主であった神余家は皇室のメタファーであるという(ちなみに八犬士を探し求めるゝ大法師の俗名金碗大輔の金碗氏も神余家の流れであり、八犬士は最終的に金碗の氏を名のることになる)。また、作品終盤の八犬士・里見家と関東管領軍との大戦は、馬琴の生きた十八世紀から十九世紀の変わり目に、ロシアの南下策等により国内で高まった海防思想を反映して、天皇家と将軍家が一体となって将来に待つ諸外国との戦いに備えるべきことを説いたものであったと読み解く。その当否はぜひ本書を読んで考えてみていただきたいが、馬琴の同時代に死後の霊魂の行方を説いた国学者平田篤胤の思想も、ロシアの来航による危機意識に支えられていたことが近年指摘されている(宮地正人『歴史のなかの『夜明け前』』)。馬琴もまたそこから無縁ではなかっただろう。  物語の冒頭、里見領主の娘伏姫を臣下の金椀大輔が誤って撃ち、伏姫の死とともにその首に懸けた玉が空中へ飛散する事件が起こる。八犬士誕生のきっかけとなるこの場面に、著者は記紀神話において初代天皇の父神の誕生につながる場面との対応を見出しているが、それに加えて評者は、神話の中で天の主神アマテラスが身におびていた玉から、天皇の祖先神オシホミミが生まれたことを想起した。アマテラス自身、父神のイザナキから玉の首飾りを与えられ(『古事記』)、反対にオシホミミの子のホノニニギが地上に降る際には、鏡・剣とともに玉を授ける。そうした玉をめぐる神話的イメージの連鎖が、伏姫と八犬士をめぐる因縁譚の背後に重層していた可能性はないだろうか。  八犬士の筆頭に位置し、物語後半の主役となるのは「仁」の玉を持つ犬江親兵衛だが、中世の『日本書紀纂疏』にはホノニニギに授けられた玉を仁の徳にあてる解釈がみえる。この説は後続の『日本書紀』注釈書類に引き継がれ、江戸期には出版を通じて流布した。雨森芳洲『橘窓茶話』のような随筆にもその浸透のあとがうかがわれるが、馬琴は同書を『椿説弓張月』に引いており、その解釈を知っていたはずだ。本書に導かれて『八犬伝』の奥深い世界にあらためて足を踏み入れれば、今までにない新たな読みが見えてくるに違いない。  なお、本書第四章、第五章のもととなった論文は、著者の代表作『新編 八犬伝綺想』に収められている。本書の主張についてもっと詳しく知りたい読者はこちらも手に取ることをお勧めする。(かなざわ・ひでゆき=東京大学教授・日本語日本文学)  ★こやの・あつし=作家・比較文学者。著書に『聖母のいない国』(サントリー学芸賞)『もてない男』『川端康成伝』『母子寮前』『文化大革命を起こしてはならない』など。一九六二年生。

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