バタイユ著『マダム・エドワルダ /目玉の話』
山﨑 修平
今回、この依頼をいただいて刊行年が二〇〇六年であると振り返ることができた。
二〇〇六年、つまり二二歳の僕は、この本を読みつつ横須賀・総武快速線の、贅沢にもグリーン車に乗って新小岩の駅近くで催される合奏コンクールに向かっていた。鞄のなかは、土産のリーフパイの砂糖がこぼれてしまっていて、そのいくつかの粒子が、この本の表紙にかかっていた。新小岩の駅からコンサートホールまで歩いた僕は会うべき人に会った。「最近、何を読んでいるんですか?」「マダム・エドワルダ」「マダム・エドワルダ?」「そう」。楽器をチューニングするときの妙なまどろっこしさを思った。時折、思い返す。時間も場所も隔ててもなお、すぐ近くにいて触れられるような瞬間が人生には幾度もあって、そこにはいつも何かしらの本が手元にあったことを。
官能的な、蠱惑的な、体験・経験を綴った本書は、僕には人懐っこさのように思えてくる。いつだって、人に逢いたい。(中条省平訳)(やまざき・しゅうへい=詩人・作家)