共生の思考法
塩原 良和著
大槻 茂実
多文化共生は現代日本社会が向き合うべき一大テーマとなった。近年における入管法の改正やコロナ禍後の来日外国人人口の増加といった事実を踏まえれば、この指摘自体に異論を唱える人は少ないだろう。その一方で、グローバリゼーションとネオリベラリズムの浸透にともない、多文化共生論は理論的停滞に直面している。
共生論の停滞の原因は何か。著者はこれまでの共生論の根幹にあるマジョリティとマイノリティの二項対立をその答えとして提示する。著者によれば、リベラルな福祉多文化主義も含めて従来の共生論はそうした二項対立にもとづいている。それゆえに、同化主義の流れから結局は脱却できない。こうした視点に立った本書は、これまでの共生論の枠組みを批判的に再検討した上で、オルタナティブな共生のあり方を提示する。その際、著者は共生論をリコールすると表現する。つまり、従来の共生論をすべて否定するのではなく、再検討してより効果的なものを目指すことを強調する。
本書の中盤までは既存の共生論に対する批判的な検討が丁寧に進められる。特にダイバーシティの礼賛と自己責任論を通して、多様性がむしろマジョリティを守るための回路として活用されていく点が看破される。著者の考察は辛口ながらも非常に読み応えがある。社会的規範としてひとまずは多文化共生を支持する読者にとっても、著者の考察は自分自身の姿勢を再考する契機となるのではないか。加えて、本書で提示された著者と学生の共生についての議論が、人々の間で日常的に共有される共生のイメージを考える上で興味深いスパイスとなっている点も触れておきたい。
既存の共生論の限界を整理した上で、終盤で著者は「多現実主義」への転回を提唱する。つまり、マジョリティとマイノリティの二項対立として共生を捉えるのではなく、共生のプロセスそのものに目を向けるべきである、と。本書の副題「異なる現実が重なりあうところから」が示すように、異なる現実が交差するプロセスへの注視こそが、まさに本書の核心なのである。このように本書の特徴は、同化主義や排外主義を含めたこれまでの共生論を丁寧に検討した上で、多現実主義といった新たな理論的視点を提示している点にある。
読み終えた後、本書の更なる発展性を、別の言い方をすれば多現実主義にもとづいた多文化共生の課題と可能性は何かを、少しばかり考えた。第一に、マイノリティの多層性への注目である。そもそも本書の特徴の一つとしてマジョリティ批判が挙げられる。本書が共生における権力関係に注目する以上、このことは当然だろう。しかしながら、マイノリティも決して一様ではない。むしろ、マジョリティにもマイノリティにも内在する多層性が、今後の多文化共生をより複雑にし、より困難にしていく可能性は想像に難くない。本来、こうした視点こそが、マジョリティとマイノリティの二項対立にもとづく共生論をリコールした本書の視点そのものではないだろうか。第二に、実証研究としての更なる検討である。多現実主義にもとづいた多文化共生の核心は、共生のプロセスそのものへの注目である。では、そうした共生のプロセスは実際のデータ分析としてどのように検討できるのだろうか。多文化共生が政策課題であることを踏まえれば、理論研究として本書が示した枠組みを、経験的データから更に検討してほしいと思わずにはいられなかった。あるいは、それは後続の研究者が担うべき課題なのかもしれない。
最後に、本書が多文化共生を考えるための最良の一書であることを改めて強調しておきたい。特に、本書はこれまでの共生論を丁寧に検討した上で新たな理論的視座を提示している、すなわち共生論をリコールしている点で大きな意義をもつ。多文化共生に関心がある人にはもちろんのこと、生きづらさや自己責任といった現代社会の課題に関心をもつ人にも本書をぜひ読んでほしい。(おおつき・しげみ=東京都立大学都市環境学部准教授・社会学)
★しおばら・よしかず=慶應義塾大学法学部教授・社会学。著書に『分断するコミュニティ』『変革する多文化主義へ』など。一九七三年生。
書籍
書籍名 | 共生の思考法 |
ISBN13 | 9784750359243 |
ISBN10 | 4750359246 |