2025/09/19号 4面

復帰50年の沖縄世論

復帰50年の沖縄世論 熊本 博之・田辺 俊介編著 山田 健太  ナショナル・アイデンティティと基地を基軸に、沖縄県民の「民意」を独自の世論調査から解き明かしたのが本書だ。民意の測り方としては、各種の選挙の投票結果、集会やデモといった直接行動、そして世論調査が考えられる。日常では内閣支持率のように報道機関が行う定量調査を目にすることが多いが、ここでは沖縄の復帰五十年にあたる二〇二二年に、沖縄県民三千八百人を対象として著者が独自で行ったものがベースになっている。  沖縄の場合、県民集会といったかたちでの直接行動も重要な指標になるし、選挙も、通常の国政・県内の候補者選挙のほか、県民投票のような形で住民の意思が示されることもある。また、本書の巻末で一覧リストがあるように、沖縄を対象とした世論調査も数多いなか、本書の特徴は県民の基地をめぐる複雑な感情を、階層・若者・政治・辺野古移設といった各著者の得意分野ごとに分析軸を定め、複雑な分析手法を使いながらもわかりやすく解き明かしている点だ。  翁長・前沖縄県知事が「イデオロギーよりアイデンティティを」というキャッチフレーズで、県民の心を摑んだのはまだ記憶に新しいし、各種先行調査からもすでに「沖縄人」「琉球人」意識が強いことは肯定されていたが、本調査ではさらに中卒・北部在住・沖縄生まれに「ローカル」意識が強く、ただし復帰以後世代はその前の世代の半分程度と世代間差が極めて大きいことを明らかにしている。これは二五年夏参議院選挙において、「日本人ファースト」を掲げる参政党が沖縄県でも大きく票を伸ばし、とりわけ比較的若い世代、まさに復帰後世代に支持されたこととシンクロしていると思われる。  あわせて投票結果との関係でいうと、一般には「革新」地盤とされていた中部地区で、比例区において参政党が獲得票トップであったことは、本書で指摘する若い世代にオール沖縄がさほど刺さらなかった以上の地殻変動が起きているのかもしれない。そもそも、本土の保守・革新の色分けとは異なる沖縄の地で、二十代から五十代まで世代を超えて高い関心を集める「所得の低さ」に対し、積極財政・バラマキ政策を各政党が競いあうなかで、よりアピール上手な政党が軒並み大きな支持を得ている状況は、本土並みという言葉では片づけられない複雑な意識の持ちようが潜んでいよう。  基地問題に関しても本書は興味深いデータを提示してくれている。すでに各調査からここ十年、沖縄への基地集中は差別的と思う人の割合が大きく減少し、それに並行して自衛隊基地を撤去すべきとの割合も減少してきている。これを本書では、「世代効果+時代効果」の結果と分析、さらにその要因の一つとして、世代による言論空間の差異があることで意識差が生まれることを立証している。本書でも参照されている評者の推定とも一致しているが、この傾向は二四年の選挙投票行動で、SNS情報をもとに投票先を決める割合が総体的に大きく増加し、しかも実際の結果に大きな影響を与えるに至っていることからすると、より強まっているといえるだろう。  さらに「民意」の本質を探るべく具体的な三つの問い、「なぜ知事選で革新(オール沖縄)候補が勝てるのか」「なぜ若い世代では革新候補が勝てないのか」「なぜ反基地運動が広がらないのか」を立てている。そのなかで「脱―保革の若者が保守派の論理を内面化する傾向が強まっている」ためとの解釈を示し、しかもメディア環境の変化が後押しをしているという。  また、反基地運動への共感を妨げているものとしては「左派」アレルギーが最も強く影響しているという分析が示されており、評者の肌感覚とも一致する。二〇一〇年以来毎年、大学の正規授業を沖縄で実施し、三十人前後の学生が沖縄の歴史、安全保障を現地で学ぶ機会を提供してきている。その中で辺野古を訪れ、キャンプシュワブ・ゲート前での反対活動も「視察」してきた。多くの学生はシュプレヒコールや歌にドン引きをするのが実態だが、座り込みをする市民に一対一で話を聞いたりしているうちに、「知った限りは周りに伝える義務が生まれた」と話すなど印象が大きく変わる場合も少なくない。  それからすると本書でも繰り返し指摘されている本土と沖縄の溝、そして沖縄のなかで広がる亀裂・分断は、「知らないことによる不幸」であるように思えてならない。復帰五十年を経て今年は戦後八十年、沖縄戦の体験者はもちろん、復帰前施政下(米軍占領)を知る者も減ってきた。そうしたなかで、非体験者による伝承の動きも活発化しているし、AI技術を駆使しビジュアルを活用したアーカイブズも生まれている。本書の世論分析は、こうした教育や伝承活動などさまざまな領域で役立つことだろう。(やまだ・けんた=専修大学ジャーナリズム学科教授・言論法)  ★くまもと・ひろゆき=明星大学教授・地域社会学・沖縄学。著書に『辺野古入門』『交差する辺野古』など。  ★たなべ・しゅんすけ=早稲田大学文学学術院教授・社会意識論・計量社会学。著書に『ナショナル・アイデンテイティの国際比較』など。

書籍

書籍名 復帰50年の沖縄世論
ISBN13 9784480018243
ISBN10 4480018247