- ジャンル:読書・出版・マスコミ
- 著者/編者: 鈴木俊幸
- 評者: 安井海洋
様式と造本
鈴木 俊幸編
安井 海洋
「水が器の形に従う程ではないにせよ、文字情報たる作品も書物の形態の影響を受けてきたのではないだろうか」とは、本書の寄稿者の一人である佐々木孝浩の著書『日本古典書誌学論 新訂版』(文学通信、二〇二五年)からの一節である。形態と本文は、書物を構成する両輪である。
本書は「様式と造本」というテーマのもとに書かれた九本の論考を収録する。ひとくちに「様式と造本」と言っても、考察の対象は幅広い。論考は扱うトピックごとに分かれており、装訂や判型といった書物全体の様式を論じる鈴木俊幸(総論)と佐々木に始まり、活字印刷史の白井純と鈴木広光、板木史・板木屋史の永井一彰と鈴木俊幸(各論)、版画・図版印刷史の森登と岩切信一郎、洋式製本史の木戸雄一という構成となっている。書物の形態上の特徴に関する研究をこれほど幅広く集めた研究書は類例がない。
印刷史や製本史などの造本関連研究は、文献資料はもちろん、料紙、表紙素材、版の特徴といった非言語的要素も考察の対象とする。表紙のデザインや印刷ミスのように一見些細に思われる事柄でも、この領域の専門家にとっては事実を解明するための重要な手掛かりとなり得る。
たとえば白井純は、キリシタン版後期国字本の版面を調査した結果、「第三の活字」が存在したという仮説を提唱する。従来の研究では、キリシタン版の活字は金属製の母型からつくる金属活字と、木を彫ってつくる木活字との二種から成るとされてきたが、これに加えて白井は、同一デザインの活字の使用頻度と活字についた傷から、砂鋳型による鋳造活字が使用された可能性を見出すのである。物が残したわずかな痕跡から書物製造の現場を再現し、ひいてはそこに込められた製作者たちの思想をも読み取る記述には、文献の読解とは異なる種類の知的興奮を覚える。
書物の形態は製作者だけではなく、受容の様態もまた決定要因のひとつである。鈴木俊幸は総論で、本の見た目を決めるのはその本の格、すなわち階層性・時代性・地域性であるとするが、ここでいう階層性等は製作者と同時に受容者のそれの表出でもある。こうした形態と内容の結びつきは、商業出版の成立した近世にとりわけ強固になるという(佐々木論考)。一方、近代に入ると、近世と比べて形態と内容の連関は弱まる。だが製作者は想定する読者層に基づき、日々進展する製本技術をその都度使い分けながら本をつくっていく(木戸論考)。歴史を通じて、書物の外形は作り手と受け手との綱引きによって決定されてきたのである。程度の差はあれ、現代の本づくりでも同様のことがいえる。
造本をテーマとする研究は、国内ではまだ蓄積が乏しい。そのため他国の書物史など異分野の研究を着想源として参照する場合もあるだろう。鈴木広光は、漢字平仮名交り文の古活字版の版面から組版を再現する際、正方形の活字を基準としたときの一・五倍格の連綿活字を想定する。以下はあくまで評者の推測だが、活字の縦幅が字に応じて変化するさまは、欧文活字と共通してはいないか。欧文活字は組んだときに不自然な字間が空かないよう、アルファベットごとに横幅を変えるのが普通である。対して近代以後の日本語金属活字は漢字・仮名いずれも正方形だが、これは欧米諸国で開発された漢字活字を中国経由で吸収したためだろう。古活字版における一・五倍格、二倍格の連綿活字は、キリシタン版を参考にした結果生まれたものではないだろうか。また、現代の活字鋳造においても、「し」などの仮名は、漢字とちがってボディの真ん中に鋳込むのではなく、組版時にバランスが良くなる位置を、職人がコンマ一ミリ単位で調整している。こうした調整もまた欧文活字と共通する特徴である。
ひとつだけ悔やまれるのは、本書に収録された論考のうちいくつかが、二〇一三年に寄稿されたものだということである。本書は「シリーズ本の文化史」の最終巻で、本書と同時に発売された同シリーズの一冊『書籍の思想史』には、編者の若尾政希が出版に至った背景を記している。それによると、「本の文化史」の出版は科研プロジェクト「「書物・出版と社会変容」研究の深化と一般化のために」(若尾政希代表、二〇一一―二〇一六)に組み込まれたもので、研究期間の最終年度までに四冊は出たが、『書籍の思想史』と『様式と造本』の二冊は今年になってようやく刊行されている。それゆえ、一部の論考には近年の研究の進展が織り込まれていないのである。たとえば近代の口絵・挿絵に関しては、二〇二二年に日本近代文学館で開催された企画展「明治文学の彩り」とその図録(春陽堂刊)が最新の成果といえるが、本書では参考文献に挙げられることさえなかった。「様式と造本」という希少なテーマの論集であるぶん、一二年の刊行の遅れは残念でならない。だがこうした瑕疵があるとしても、本の形と社会との連関を取り上げた本書の功績は高く評価されるべきである。(執筆=佐々木孝浩・白井純・鈴木広光・永井一彰・森登・岩切信一郎・木戸雄一)(やすい・みひろ=金城学院大学等非常勤講師・書物史)
★すずき・としゆき=中央大学教授・近世文学・書籍文化史。著書に『江戸の読書熱 自学する読者と書籍流通』『絵草紙屋 江戸の浮世絵ショップ』『江戸の本づくし 黄表紙で読む江戸の出版事情』『近世読者とそのゆくえ 読者と書籍流通の近世・近代』など。一九五六年生。
書籍
書籍名 | 様式と造本 |
ISBN13 | 9784582402964 |
ISBN10 | 4582402968 |