2025/08/01号 10面

<大学生三人が文庫を買う!>

<この夏、なに読む?> 大学生3人が文庫を買う!  本紙連載「書評キャンパス」の参加者の中から、三田侑さん(獨協大学外国語学部英語学科4年)、髙野紋佳さん(明治大学文学部3年)、識名さくらさん(大東文化大学中国文学科3年)の三人に「大学生が文庫を買う」企画に参加していただいた。七月のある土曜日、東京都千代田区の東京堂書店神保町本店で、約一時間でそれぞれ六冊ずつ文庫をセレクト。その後、読書人隣り会議室で、選書理由や普段の本との付き合い方などお話を伺った。(編集部)  書評キャンパスでは、竹田いさみ『海の地政学』(中公新書)について書いた三田侑さん。高校時代は歴史が苦手だったが、本書をきっかけに国際関係史、国際政治学を専攻するまでにのめり込むことになった。  池内了『清少納言がみていた宇宙と、わたしたちのみている宇宙は同じなのか?』(青土社)を書評した識名さくらさんは、沖縄県出身で、地元の郷土芸能や風習に関心を持ち、中国や日本の文化の影響がどのように現れているのかを調べている。  市川沙央『ハンチバック』(文藝春秋)を選書した髙野紋佳さんは、常に積読が三冊ほど。イモリを飼って五年が経つ。  ●福田里香『物語をおいしく読み解く フード理論とステレオタイプ50』(902円・文春文庫)  「最初に選んだ一冊です。タイトルから、面白そうだと思って手に取りました。普段は〝食〟にそこまで興味がないのですが、ご飯を食べるシーンの分析をしていることが気になりました。私とは違い〝食〟に興味がある人はどういうことを考えているのかなと、そこを知りたくて選びました。(識名)」  ●アントワーヌ・ド ・サンテグジュペリ『星の王子さま』(池澤夏樹訳、572円・集英社文庫)  「私が最初に選んだのは、『星の王子さま』。有名な本ですが、実は今まで読んだことがなくて。ほかの出版社からも各種出ていましたが、集英社の本は絵本みたいでかわいい造りだったので気に入りました。翻訳者もそれぞれの出版社で違いました。夏休みに読みたいと思います。(髙野)」  ●ハン・ガン『すべての、白いものたちの』(斎藤真理子訳、935円・河出文庫)  「僕の最初の一冊は、ノーベル文学賞を受賞したハン・ガンさんの本です。僕は書店でアルバイトをしているのですが、受賞のときに、ポップでディスプレイされていて、読みたいと思っていました。昨年、韓国で戒厳令が出たときに、インタビューに答えるニュースを見て、気になっていた作家でもあります。  詩のような小さな六五の断片が、一つの物語を作り出しているそうです。楽しみに読みます。(三田)」  ●ジョン・ダレス『戦争か平和か 国務長官回想録』(大場正史訳、中公文庫・1320円)  「ジョン・ダレスは、第二次世界大戦後に、アメリカ側の外交を仕切った人です。戦後の日本との講和条約や、日米安全保障条約に係わった人で、当時の外交のキーパーソンなので非常に関心を持っています。  これから大学院に進んで国際政治を学ぼうと思っているのですが、特にこのジョン・ダレスについて研究したいと考えているんです。この本はまだしっかり読めていなかったので、この機会に読みたいと思っています。手に取りやすい文庫なのも、うれしいです。(三田)」  ●森見登美彦『夜行』 (671円・小学館文庫)  「森見さんの『有頂天家族』がすごく好きです。京都を舞台に、狸たちがわちゃわちゃ出てくる、明るくて爽やかなフィクションです。それで今回も、森見さんのまだ読んだことがない作品を一冊選びたいと思いました。〈旅の夜の怪談〉〈青春小説〉〈ファンタジー〉というキーワードの物語だと紹介されています。涼しげな印象もあり、夏に読むのによい気がします。(髙野)」  ●木内昇『球道恋々』 (1100円・新潮文庫)  「野球だけでなくスポーツ全般に、興味があるわけではないのですが、先ほどの「フード理論」の本と同じで、スポーツに熱中する人はどんなことを考えているのか、知りたいという興味で選びました。明治時代の野球の話だそうなので、今と違うのかどうか……。木内昇さんの本は読んだことがないのですが、この機会にと選んでみました。(識名)」  ●イアン・フレミング『007/カジノ・ロワイヤル』(白石朗訳、836円・創元推理文庫)  「スパイ映画で有名な『007』の原作です。作者のイアン・フレミングは、もともとイギリス海軍の諜報部隊の指揮官で、そのときの経験を活かして、「ジェームズ・ボンド」シリーズを書いたそうです。映画は見たことがあるのですが、原作を読んだことがなかったので、前から気になっていました。スパイの世界にも興味があって、この作品はフィクションですが、現実に忠実に書かれている描写があると思うので、読むのが楽しみです。(三田)」  ●中村稔編『新編 宮沢賢治詩集』(607円・角川文庫)  「宮沢賢治は『やまなし』のクラムボンのイメージなのか、色で表すならパステルカラーの印象がありました。著名な作家の本を一冊選びたいと思っていたのですが、角川文庫のカバーがかわいくて、清涼感を感じてこの本にしました。谷崎潤一郎などは授業で取り上げられてけっこう読みましたが、宮沢賢治の詩は、実はあまり読んだことがなかった。この機会に読んでみます。(髙野)」  ●岡本綺堂『中国怪奇小説集 新装版』(880円・光文社時代小説文庫)  「中国文学科なので、中国関連の本も一冊選ぼうと思いました。中国人が何を怖いと思っているのかが気になって、中国の怪奇小説にしました。岡本綺堂編訳の古典なので、現在の中国人の感覚とは、もしかしたら少し違うのかもしれませんが。冒頭で海音寺潮五郎さんが、中国の怪奇小説が日本文学におよぼした影響、ということを書いています。六朝から清に至る各時代の中から、二百二十種を選んでいるそうです。いろいろと知ることができそうです。(識名)」  ●柳田国男『蝸牛考』 (935円・岩波文庫)  「授業で先生がお勧めしていた本で、もともと読もうと思っていました。自身のルーツが沖縄の八重山なので、卒論では沖縄の文化と中国の文化の共通点を調べようと考えています。本書は蝸牛を表わす方言の分布について調査された、言語地理学研究の本です。民俗学についてはやはり、柳田國男からその方法を学んでみたいと思いました。(識名)」  ●磯村健太郎・山口栄二『原発に挑んだ裁判官』(726円・朝日文庫)  「私は文学部ですが、ゼミはわりとジャーナリズム寄りで、「原発」についてメディアがどう報じてきたのかなどを調査しています。先日も七〇年代の『朝日ジャーナル』を調べて発表しました。ただ原発の訴訟方面には触れられていなかったので、この本を手に取りました。帯に、証言者のお一人の言葉が引用されていますが、〈原発は国の裁量の幅を超えてますよ。とっても危険です〉とあります。〈歴史的証言〉が書かれているのだろうと思うので、心して読みます。(髙野)」  ●白井聡『未完のレーニン 〈力〉の思想を読む』(1265円・講談社学術文庫)  「僕も先週、大学の授業で先生がお勧めしていた一冊を買いました。  レーニンやスターリンは独裁者で、共産主義や社会主義は〝悪〟というイメージが、多くの人の中にあるのではないかと思いますが、そういう人たちがどんなことを考えていて、現在の社会にはどのような形で受け入れられるのか、あるいは受け入れられないのか、そういうことを知ることができる一冊だと想像しています。白井聡さんの本は読んだことがなかったのですが、解説している國分功一郎さんの本は、結構読んでいます。(三田)」  ●七尾与史『県境トンネルにまつわる怪異』 (924円・実業之日本社文庫)  「作家のお名前に見覚えがあって選んでみました。同じ著者の『僕はもう憑かれたよ』という「このミス」大賞を取った本を知っています。気づけば、怪異の本を二冊選んでいました。(識名)」  ●ガイ・ドイッチャー『言語が違えば、世界も違って見えるわけ』(椋田直子訳、1298円・ハヤカワ文庫NF)  「専門分野も違えば、著者を知っているわけでもないのですが、ぱっと見て惹かれました。ハヤカワ文庫の棚を見ていたときに、サイエンスフィクションが多かった中で、言語学ジャンルの本が急に出てきたので、あれ?と思って、手に取りました。古代ギリシャ人は世界がモノクロに見えていた?、前後左右にあたる語を持たない人々がいる?など、読むと認知が変わりそうです。(髙野)」  ●ロバート・スキデルスキー/エドワード・スキデルスキー『じゅうぶん豊かで、貧しい社会 理念なき資本主義の末路』(村井章子訳、1540円・ちくま学芸文庫)  「僕もこの本は、平台に置いてあって、ぱっと見た印象で選びました。資本主義社会では、格差が広がっているとよく耳にします。〈成長神話が叫ばれ続ける日本でこそ読まれるべき提言〉と書かれています。深く理解できていないのですが、自分を取り巻く経済を知っておきたいという気持ちがあります。文庫ならば手に取りやすいですし、理解しやすく説明されているだろうと期待しています。(三田)」  ●玉木俊明『覇権争奪の世界史』(990円・PHP文庫)  「覇権をめぐる五〇〇〇年の歴史が、経済で読み解かれているそうです。もともと自分は歴史を学ぶのが得意ではなかったのですが、分かりやすく書かれた入門書本を入口に、その世界に興味をもつようになった体験があります。こういう各分野の入門書のおかげで、興味をもつ人が増えるのはいいことだと思います。本書はじめのほうに〈アメリカが強気に出られる理由は、「覇権国家は横暴になれる」という国際政治経済のメカニズムにある〉と書かれているのも、興味深いです。(三田)」  ●三浦しをん『木暮荘物語』(660円・祥伝社文庫)  「『舟を編む』を、アニメ化のタイミングのときに読みました。当時は中学生でしたが、最近またドラマ化されていて、ちょうど三浦しをんさんの本を見つけたので読みたいな、と。ぼろアパートの住民たちの様々なできごとが連作短編のかたちで書かれているんですね。三浦さんの物語は面白いし、ホッとな気持ちになれます。(髙野)」  ●戸部田誠(てれびのスキマ)『1989年のテレビっ子 たけし、さんま、タモリ、加トケン、紳助、とんねるず、ウンナン、ダウンタウン、その他多くの芸人とテレビマン、そして11歳の僕の青春記』(913円・双葉文庫)  「子どもの頃はテレビのバラエティ番組が苦手でした。急な大声が得意ではなかったんです。今では見られるようになりましたが、1989年という少し前の時代の、バラエティ番組やお笑い芸人の方たちについての本を、これも自分の知らない世界を知りたいという興味から、選びました。(識名)」  識名 日頃は、買いたい本を調べてから本屋に行くので、まったく事前の知識なく、本屋で本を探して買うことは、あまりしたことがありませんでした。普段は本の口コミが読めるアプリで、おススメの本をチェックして、本の情報を集めています。  自分の選んだ本を改めて見ると、もともと興味があった分野と、自分にはない世界に挑戦しようと思った本とがまざっている感じがします。  髙野 高校生の頃までは、限られたお金の中で、何を買おうかと選んでいました。大学生になってからは、ある程度欲しいものを買えるようになりましたが、最近はどちらかというと学術書を買うことが多く、文庫本をまとめて買うというのは久々でした。  私が選んだ本は、手に取りやすい名作から原発関連まで、グラデーションがあるようです。私は、原発と沖縄に関するゼミに所属していて、最近は原発関係の本をいろいろ読んでいました。日常的に文学部の中でジャーナリズムのゼミを受けていることで、生まれてきた興味なのかなと思いました。  三田 僕がアルバイトをしているのは、駅中にある小さな書店で、通勤途中に立ち寄る人が多いです。市場調査ではないですが、普段から、どんな本が人気なのかは気にかけていたつもりでしたが、今回、書棚にずらっと文庫が並んでいる中で六冊を選ぶとなると、けっこう難しかったです。僕も普段、文庫はあまり読んでいなかったのですが、面白そうなものがたくさんあって迷いました。  選んだ本を見ると、国際色が豊かな世界史や、国をまたいだグローバルな世界を教えてくれるラインナップだと感じます。そういう方向に興味が向いているのだな、と。  識名 私は中国語学科で、書道をやっていました。ゼミの先生が、興味をもったことならなんでもやっていいと言ってくれていて。書道の展覧会に行ったり、書を読み解くということもします。そして卒論では、先ほども言いましたが、沖縄の歴史について調べようと思っています。  髙野 私も先ほど少し言いましたが、原発と沖縄をジャーナリズムの観点から調査するゼミにいます。昨年は近代文学のゼミでしたが、文芸メディア学部なので、基本的に、メディアとして文芸テキストを読み解くようなところがあります。識名さんの書を読み解くのとも、似た観点があるかもしれません。  柳田國男は私も気になっていて、新刊書のところに一冊あったのを手に取ったぐらいでした。『蝸牛考』が気になっています。  三田 僕は国際政治や、国際関係史を学んでいて、アメリカ研究のゼミに所属しています。アメリカの人種やジェンダーの問題について学んでいて、既出の論文を読んで、現代の問題についてディベートをしたりしてします。  外国語学部なので、髙野さんの選んでいた、『言語が違えば、世界も違って見えるわけ』は面白そうだと思いました。周りにはいろいろな言語を使う人もいるので、このタイトルに惹かれます。  識名 私は学校の図書館でアルバイトをしているので、しょっちゅう図書館にいます。返ってきた本を棚に戻したりする、裏方の仕事ですが。そのようなこともあり、書店で買うというより、図書館で本を借りることが多いです。  髙野 図書館も本屋もどちらも行きます。先日、国会国立図書館にはじめて行きました。そのときは、過去の新聞を調べるのがメインだったのですが、なんでもあるのだなと驚きました。  専門書はじっくり読む必要があるので、買うことが多いのですが、小説などの読み物は図書館で借りることが多いかな。  三田 僕は大学の図書館にほぼこもっていて(笑)、長期休暇も図書館に通っています。図書館で知らない学生に、「いつもいますよね」と声をかけられたことがあって、ちょっと恥ずかしかったですが、本当にお世話になっています。獨協大学の図書館には、外国語の本もたくさんあって、「この本はまだ誰にも借りられていません」という本をピックアップしていたことがあったぐらい、稀有な本もおかれています。  書店で買うのは、新書が多いです。学術書は高いので、図書館で借りています。あとは『ニューズウィーク』など国際メディアの雑誌を買います。  三田 僕が選んだ本は、竹田いさみ『海の地政学 覇権をめぐる400年史』(中公新書) ですが、情報量が多かったので、情報を伝えるだけで文字数が埋まってしまうことになり、自分が強調して伝えたいところをアピールすることが、第一稿ではうまくいっていなかったところを指摘してもらいました。本の中で、自分の印象深かったところがどこなのか、意識しながら改稿する作業が楽しかったです。自分が何に興味をもっているのかを、改めて確かめるきっかけになりました。 大学図書館の中に、掲載紙面が貼り出されて、友だちに声をかけられるのが、うれしいような恥ずかしいような気持ちでした。他に掲載されているのは卒業した方も多くて、自分が卒業した後も後輩が見るのかなと思うと、それが誰かの読書のきっかけになるならうれしいと思います。  識名 池内了『清少納言がみていた宇宙と、わたしたちのみている宇宙は同じなのか? 新しい博物学への招待』(青土社)という本を書評しました。今まで書評は書いたことがなかったので、どういうポジションに立って書けばいいのかが分からなくて悩みました。粗筋だけ書くのでは書評の意味がないし、自分のことを書きすぎては感想文になってしまうので、その見極めが難しかったです。でも、最終的に納得できるものが書けました。  髙野 書評を書くには本と向き合うことになるので、いい機会になったと思っています。私は市川沙央『ハンチバック』(文藝春秋)について書いたのですが、作家自身が障害をもっていることや、障害をテーマにした作品だという点ではなく、リアルかリアルではないかというところに目を向けて書評しました。どう書いたら、その点がうまく伝わる文章になるのか、けっこう考えました。  髙野 今年はゼミで本に触れる機会が多かったので、研究のためのツールでもあるし、日常では娯楽としても読みます。娯楽とまでいかず、ただ何かを読みたいという気持ちで読むこともあるので、一言では言えない、いろいろな側面があります。  識名 高校生の頃までは娯楽として読んでいましたが、大学生になってからは研究ツールの一つにもなりました。  三田 大学に入るまでは読書は苦手でした。でも大学に入ってからは、研究や興味を深めるための大事なツールでありながら、休みの日には娯楽としても読みますし、生活の一部として欠かせないものになっています。それも、自分の興味を深められる一冊に出会えたことが大きかったと思っています。  書店でのバイトは楽しいのですが、出版業界自体は厳しくて、最低賃金だったり人手が足りなかったり、大変な面も経験しました。自分はもうすぐ卒業するので、この先どうなるのか少し心配です。獨協大学の周辺でも、どんどん書店がなくなってしまっているので、バイト先の書店は、残ってほしいです。(おわり)