書評キャンパス
サン=テグジュペリ『夜間飛行・人間の大地』
清水 正行
本書は、『星の王子さま』の作者、サン=テグジュペリが著した『夜間飛行』と『人間の大地』を併せて新訳で出版された。
『夜間飛行』では、航路責任者のリヴィエールと、それにかかわるパイロットたち、様々な人達の視点から、ある南米の夜の郵便飛行について描かれる。
命を懸ける仕事をすることと、その命にすがっていることとの二面性を描いているのが本当に面白い。どうして生きて帰れないかもしれない夜間飛行に挑むのか。なぜ、パイロットは飛ぶために捨て去っていくあらゆるもの、人、家が惜しくないのか。かけがえのない命を危険にさらしてまで、どうして一つの大きな仕事に取り組めるのか。そういった大きな論点で、一夜の経過が語られていく。
『人間の大地』では、サン=テグジュペリ自身の体験から、彼らパイロットの誕生から、その冒険、そして、冒険から人間の営みの中にかえっていくさまが語られる。アフリカ、南米、砂漠、遭難と、多岐にわたる郵便飛行のパイロット経験から語られる話は、臨場感と確かな手触りのある筆致で私たちに迫ってくる。パイロットがまさにパイロットそのものになるまでの過程も、そこから遭難を経て人間の営みに確かに根付いていることを思い起こさせて、最後にパイロットは人間の大地へ着陸するのだ。
筆者がこの本で一番おもしろかった点は、その情景描写だった。まだ飛行機の事故や遭難が珍しくなかった時代の、冒険家でもあり仕事人でもあるパイロットたちの感覚や経験をサン=テグジュペリが書くとき、パイロットだった彼だからこそ、新しくて摩耗していない表現で、ありありとその景色を読者の目の前に映し出して見せるのだ。
例えば、空に昇って雲と戦うパイロットたちの感覚、これから空へ上がろうとするパイロットの背中や、嵐の雲が山から平野へと侵攻していく様。それらが映画のように目に浮かぶ。特に印象的だったのは、空へ上がろうとするパイロットがブエノスアイレスの街を見て、「灯が砂のようにむなしくこぼれ落ちていくのが、いまから目に見えるようだ」という描写だった。空を駆けていく人にとっては、そんな風に景色が見えているのだろうと思える一方、一度も空を飛んだことがない自分には、一生出てこない表現、わからない感覚だろうと思う。
この詩的でありつつ具体的な説得力のある描写から生まれるのは、第二次大戦以前のパイロットだけが知っている世界だ。
当時の最先端の機械を操りながらも、風に乗ってきたトンボによって嵐の先触れを知ったり、砂漠の部族と焚火を囲んだり、闇の中を計器と星だけを頼りに飛行したり。そういった、今となってはもう得ることのないであろう、本物の冒険とその経験が根付いている。
童話のような『星の王子さま』とはまた味わいが異なる、サン=テグジュペリの世界観と空への憧れに引き込まれてしまう本だった。(野崎歓訳)
書籍
書籍名 | 夜間飛行・人間の大地 |