オスマン帝国の肖像
小笠原 弘幸著
小笠原 弘幸
イスラム教と絵画。知る人にとっては、奇妙な組み合わせに思うのではないか。イスラム教は、偶像崇拝を厳しく戒めているから、イスラム寺院たるモスクには、聖像画や彫像はいっさい飾られない。勢い、イスラム世界においては、ヨーロッパのように公共の場で飾られる絵画は発展しなかった。イスラム美術といえば、まず何よりも思い浮かべるのは、モスクをはじめとした建築、そしてその内壁を飾るアラベスクと呼ばれる草木紋様だろう。
オスマン帝国と絵画。これも、首を傾げたくなるようなペアだ。オスマン帝国は、一二九九年から一九二二年まで(日本でいえば鎌倉時代から大正時代まで)存続し、いまのトルコ共和国を中心として、アジア・アフリカ・ヨーロッパにまたがる版図を築いた超大国である。無敵の常備軍イェニチェリを擁し、一六世紀にはウィーンにまで侵攻し、ヨーロッパ諸国を震え上がらせた。いわば「尚武の国家」たるこの帝国と、優美な絵画芸術は無関係なのでは?
しかし、歴史的事実は、こうした通念とは異なる。実際には、イスラム世界では書物の挿絵(細密画)として美麗な絵画が発展したし、近代には西洋の影響を受けて洋画が登場した。そしてオスマン帝国では、イスラム伝統の細密画と、西洋絵画のハイブリッドといえる絵画が描かれ、それはイスラム文化のひとつの粋をなしたのである。
こうした素晴らしい文化が日本ではほとんど知られていない現状を前にして、私はこれを紹介しなくてはならない、という思いのもとに筆を執ったのだった。ただし私は、オスマン帝国で歴史叙述がいかに著されたか、というテーマを本来の専門としており、絵画の専門家ではない。それどころか、不器用で絵画も習字も得手ではなく、芸術的な素養を持ち合わせているかどうか、自信はない。だから本書は、純粋な絵画の様式やテクニックなどについては、あまり触れることはできなかった。その代わり、六〇〇年間におよぶオスマン帝国の壮大な歴史のなかで、絵画芸術がどのような運命をたどったか、そのストーリーを描くことに注力した。さらに叙述のなかに、魅力的なエピソードを織り込むことも心がけた。結果として、絵画というレンズを通してみた、ドラマチックなオスマン帝国通史となったのではないかと思う。
本書のために絵画や文献にあたっていくなかで、新鮮な驚きだったのは、日本の美術との類似性だった。オスマン帝国の細密画と日本の浮世絵は、平面的かつ色鮮やかという点で共通性があるし、両者がたどった盛衰も似ている。またオスマン帝国の洋画は、黒田清輝や藤田嗣治が苦闘し切り開いた、日本の洋画と同時代的な経験を共有している。読者のみなさんには、日本の美術史と重ね合わせつつ本書を繰っていただき、はるか遠いイスラム世界の美術を、より身近に感じてもらえれば幸いである。(おがさわら・ひろゆき=九州大学大学院准教授・オスマン帝国史・トルコ共和国史)(二九六頁・一一〇〇円・KADOKAWA)
書籍
| 書籍名 | オスマン帝国の肖像 |
| ISBN13 | 9784040825205 |
| ISBN10 | 4040825209 |
