2025/08/08号 7面

American Picture Book Review 99(堂本かおる)

American Picture Book Review 99 堂本かおる 子供がアイロニーや反語表現を理解し始めるのは7〜8歳頃とされている。多くの子供はその年齢を過ぎてもなお文を言葉通りに解釈し、さらに子供自身がアイロニーや皮肉を発するようになるのは10代になってからとも言われている。 本作『Don't Trust Fish』はタイトル(サカナを信じるな)が、すでに反語となっている。著者はサカナを愛し、魚類にまつわる知識を子供に教えたく、その方法としてアイロニーとユーモアを駆使しているのだ。 冒頭では写実的なイラストを使って生物図鑑を装い、哺乳類や爬虫類を説明する。ところがページを繰ると、いきなり茫洋とした表情のサカナが現れ、「これがサカナ」「名前はジェフ」「サカナを信じるな」となる。以後、なぜサカナを信じてはいけないのかが解説される。サカナにはエラを持つものもあれば肺を持つ種もある。海水に生息するものもあれば、真水に生きる種も。海藻を食べる小さなサカナもいれば、その小魚を食べる大きなサカナもいる。こうしたサカナのバラエティに富んだ生態を子供たちは反語表現によって学んでいく。哺乳類や爬虫類のようにはっきりと決まった生態はなく、だからサカナは信頼できないのだ、という文脈だ。 サカナにまつわる言葉もまた、アヤしいと子供に伝える。「魚群」を英語では「school of fish」と言う。直訳すれば「サカナの学校」となり、サカナは海底の学校でいったい何を学んでいるのだ? ナマズ(Catfish)は猫魚? タツノオトシゴ(Seahorse)は海の馬? イタチザメ(Tiger shark)は虎鮫? どれもサカナなのにどうしてそんな騙すような名前なんだ? そもそもサカナは海の中にいて、人間からは全然見えない。サカナ同士で何を話して、何を企んでいるんだ? 家でサカナを飼っていれば一層、要注意。サカナは人間の動向をスパイしている。水槽の底には秘密のトンネルがあって、サカナはそこを通って海底のサカナ帝国に戻り、サカナの王様ジェフに人間の生態を報告している。そして何が起こるかといえば、サカナたちは水陸両用の大きなサカナ型ロボットを作り、海から陸に上がって人間を攻撃するのだ! 大人がうまく抑揚をつけて面白おかしく読み聞かせれば子供たちはゲラゲラ笑い、次はどうなるのかとワクワクする。そして読み終わった時にはサカナの生態、サカナにまつわる言葉をたくさん覚えてしまっていると言う按配だ。 最後の最後に別のオチもある。この絵本を夜中にこっそりコンピュータに向かって書いているのは、実はカニだ。作中でいつも大きなサカナの餌食となっている小さなカニが復讐として、サカナの評判を落とすために書いた絵本だったのだ。もっとも、これは子供にはおそらく理解できず、読み聞かせを終えた大人への「ご苦労さま」代わりのユーモアなのだ。(どうもと・かおる=NY在住ライター)