2025/03/21号 3面

関東大震災一〇〇年の今を問う

関東大震災一〇〇年の今を問う 山田 朗監修/ 関東大震災朝鮮人・中国人虐殺一〇〇年犠牲者追悼大会実行委員会編 西村 直登  関東大震災は、発生から一〇〇年以上経過した現在もなお、今日的課題としてクローズアップされている。それは、関東地方一帯で日本の軍隊、警察、民衆によって朝鮮人・中国人・日本人が虐殺された事件が発生し、いまだ未解明な点が多く残されているためである。本書は、そのタイトルが示すように、「関東大震災一〇〇年の今を問う」にふさわしい十七章の論文と実行委員会の記録による五部構成となっている。  まず、一〇〇年以上が経過した現在、関東大震災朝鮮人・中国人虐殺研究をどのように位置づけることができるのだろうか。本書でもあらためて示されているように、虐殺研究は一九六〇年から一九七〇年代にかけて、さまざまな史料が発掘・整理され、歴史的事実が明らかにされてきた。特に一九九〇年代以降は十周年ごとに実行委員会が発足し、その時代ごとの成果と課題が提示されてきた。本書の副題にある「虐殺否定・歴史改ざん」は震災一〇〇年における課題といえようが、この約三十年間に問われてきた「虐殺の記録を誰が語り、聞き、伝えるのか」という記憶の在り方が、現在どのような状況にあるのかを、本書を通じて理解することができると思う。  本稿では、紙幅の関係上すべてを紹介することができないが、本書が示した重要な成果と課題を提示したい。  第一に、研究と運動に関する文章が網羅的に掲載されている点である。関東大震災朝鮮人・中国人虐殺研究は、研究者のみならず、地域住民の活動によっても歴史的事実が明らかにされてきた。それぞれの実践の場で歴史的事実を知り、学び、伝えてきたことが、現在の研究の基盤となっている。本書を一冊にまとめた意義は非常に大きい。  第二に、朝鮮人・中国人虐殺研究を縦横につなげる試みがなされている点である。これまで、朝鮮人・中国人虐殺研究や運動実践は、それぞれ個別に行われる傾向にあった。しかし今回は、実行委員会に「朝鮮人」「中国人」関係者がともに名を連ね、中国人虐殺研究を扱った林伯耀氏と鄭楽静氏の論文が掲載された。今後の研究や運動の可能性が広がることが期待される。ただし、朝鮮人・中国人虐殺研究と運動の共通点や相違点等を整理する論考があれば、今後の研究や運動の方向性をより明確に示すことができたのではないかとも思う。  第三に、新たな事実の解明が進められている点である。朝鮮人虐殺に加担した軍隊や自警団の植民地戦争経験を浮き彫りにした愼蒼宇氏の論文、虐殺否定論に用いられたイギリス外交文書を分析し、虐殺否定論の批判的な分析のみならず、虐殺状況を明らかにしようとした鄭栄桓氏の論文、東京各地の証言を収集・整理し、虐殺状況や殺された朝鮮人の名前を明らかにした西崎雅夫氏の論考、虐殺の真相と責任を問う在日朝鮮人の運動の様相を分析した鄭永寿氏の論文、横浜と埼玉の虐殺状況を明らかにした山本すみ子氏と関原正裕氏の論文等が掲載されている。これらの研究は、震災から一〇〇年以上経過した現在においても、虐殺研究の進展の可能性を示しており、虐殺に対する国家・民衆責任を厳しく問い直している。これらの論考を通じて、これまでの虐殺研究が受け継がれ、深化し続けていることを強く感じた。今後のさらなる研究の発展にも期待したい。  第四に、本書の副題にある「虐殺否定・歴史改ざん」の事例として、朝鮮人労働者の強制動員問題が取り上げられている点が印象的である。群馬の森の追悼碑強制撤去問題を扱った角田義一氏、産業遺産情報センターの展示の問題を扱った矢野秀喜氏の文章が掲載されている。二〇〇〇年代以降、日本の戦争・植民地支配の歴史に対するバックラッシュが日本社会に広がる中、特に日本軍「慰安婦」問題の研究と運動の実践から学ぶべきことが多いと感じる。関東大震災のみならず、隣接する歴史研究や運動から学び、どのように連携していくかが求められている。  本書を通じて、あらためて虐殺研究をめぐるさまざまな歴史実践と日本社会の現在地を知ることができた。私たちは過去の「事実」から何を学び、今の「弱さ」と向き合い、どのような未来図を描くのか。本書は、私たち一人ひとりに問いを投げかけている。(にしむら・なおと=桃山学院大学兼任講師・植民地支配研究・近現代日朝関係史・朝鮮近現代史)  ★やまだ・あきら=明治大学教授・日本近代史・日本軍事史・植民地支配研究。著書に『大元帥昭和天皇』『日本は過去とどう向き合ってきたか』など。

書籍

書籍名 関東大震災一〇〇年の今を問う
ISBN13 9784818826663
ISBN10 4818826669