闇祓
辻村 深月著
西野 智紀
「○○ハラスメント」といった、相手に不快感を与える言動が昨今巷を賑わせているが、辻村深月が二〇二一年に発表した初のホラー長編となる本書にもそれが使われている。その名も「闇ハラスメント」だ。冒頭にその意味が掲示されているので引用しよう。
「精神・心が闇の状態にあることから生ずる、自分の事情や思いなどを一方的に相手に押し付け、不快にさせる言動・行為。本人が意図する、しないにかかわらず、相手が不快に思い、自身の尊厳を傷つけられたり、脅威を感じた場合はこれにあたる。」
もちろんこれは著者の造語だが、この「闇」に踏み込んで掘り下げ、身近に潜む恐怖の物語を構築したのが本作品である。
第一章、主人公の原野澪が通う高校に、謎の転校生の白石要が現れるところから話は開幕する。優等生でクラス委員を務める澪は、要の学校案内役となるが、お互い何も知らない間柄にもかかわらず要から「今日、家に行ってもいい?」と誘われる。尋常ではない申し出に澪は衝撃を受け、信頼できる憧れの先輩、神原一太に相談する。だが、その後も要のストーカーのような行動が続いていく。
続く第二章では、場面は打って変わって、東京都内某所にある「サワタリ団地」に暮らす主婦・三木島梨津が主人公となる。幸運にも人気物件で空き部屋が見つかり、夫と息子の三人で平和に過ごしていた。が、梨津が息子の通う小学校のボランティア活動に参加、そこでサワタリ団地のデザイナーである沢渡博美と知り合ったことから、思いもよらぬ闇に巻き込まれる。
この後の章でも主人公が変わり、第三章では業界中堅の食品会社が、第四章では小学校のクラスが舞台となる。こう書くとそれぞれの章で独立した短編集のように見えるが、しかし随所に全体のストーリーに連なる仕掛けやワードが埋め込まれている。そして最終章、それらを回収しつつ、大いなる闇ハラスメントの正体が明かされる。手練手管を尽くして読者を引きずり込む、お手本のように巧緻なミステリー的構成だ。
しかしながら、やはり特筆すべきは各章のハラスメント描写である。本作の根幹に関わる点なので詳細は書けないが、他者の悪意によって精神が次第に追い詰められる様が克明に描かれている。しかも、それは誰の目にもわかりやすい迷惑行為のみならず、一見すると正しい理屈に擬態していて、支配されていくケースもある。どこからかもたらされた小さな火種が、人間に本来備わっている黒い感情を強く刺激し、ハラスメントとして顕現するのだ。つまりハラスメントは巻き込まれる側だけでなく、自身が巻き込む側にもなり得るし、普遍的に存在する。それがなんともおぞましい。
とはいえ、闇にいいようにやられているばかりではない。本書タイトル「闇祓」がダブルミーニングで示しているように、闇を打ち払う力もある。現実的対処法は逃げるくらいしかないけれど、どす黒い暗部があるならば、白い光も必ずあるはずだと考えたほうが、世の中ずっと生きやすいはずである。(にしの・ともき=書評家)