2025/12/05号 5面

ヒロシマめざしてのそのそと

ヒロシマめざしてのそのそと ジェイムズ・モロウ著 冬木 糸一  この『ヒロシマめざしてのそのそと』は、アメリカの作家ジェイムズ・モロウによる、シオドア・スタージョン記念賞を受賞した怪獣SFだ。基本的にはハリウッド映画や怪獣小説・映画に対する愛と批評性に溢れたコメディタッチの長篇で、小説としては珍しく読んでいて何度も笑って吹き出してしまったほどだ。しかし本作がスゴいのは「笑えて終わり」にしなかったところで──と、怪獣映画好きはもちろん、怪獣について真摯に向き合ったら避けることはできない「核」がもたらした悲劇についても真正面からテーマに取り上げた、懐の深い作品に仕上がっている。  物語の舞台は第二次世界大戦末期のアメリカ。B級のモンスター映画界のスターとして、『コーパスキュラの逆襲』など様々なモンスターの着ぐるみに入り、時に自分でも脚本を書いてきたシムズ・ソーリーは、ある時FBIの捜査官から奇妙な依頼を受ける。なんでも、連邦政府がシムズにモンスターの衣装を着てもらいたい、というのだ。シムズはモンスター俳優として有名だからそうした依頼が来ること自体に違和感があるわけではない。だが、それがどのような仕事なのかは、一万ドルがもらえること、対象の公演は一度きりであること以外、ほとんどの情報が与えられない。  最終的には戦争遂行のために必要な仕事であると説き伏せられてのこのこと現場に赴いてみれば、シムズは驚愕の任務を伝えられる。まず、アメリカ海軍はしぶとい日本軍を降伏させるために、成長を加速させながら交配し、巨大化したサバクトカゲで、全長四〇〇メートルを超える生物兵器〝ベヒモス〟を開発していた。立派な「怪獣」だ。海軍はこの怪獣を三体所有しているという。であればそれを日本に解き放てば良さそうなものだが、一切の制御手段が存在しないので、解き放った後すぐにアメリカを壊滅させない保証がない。  そこで考え出されたのが日本の使節団の前でこの生物兵器をデモンストレーションしてビビらせることだ。だが、巨大な怪獣で実演するのは難しい。そのために小型化した怪獣を生み出すも、なぜか従順な生物になってしまって攻撃性を発揮しない──そうした紆余曲折を経て、ジャップの使節団に火を吐くトカゲがミニチュアの都市と戦艦を破壊する場面を見せるためには、衣装を着た俳優を使う必要があると、(アホな)海軍は結論付けたのだ。そのためには一流の着ぐるみ俳優を使うのが良い。  てんでおかしな話なのだが、「こいつらは火を吐くんですか?」など要所要所でシムズもツッコミを挟んでいき、これがまたおもしろい。シムズは無理ですできませんと全身全霊で拒絶するのだが、サインをしているので逃れられず、日本の使節団を震え上がらせるため、着ぐるみに入って練習をはじめることになる。何しろ日本の使節団に着ぐるみを本物と誤認させないといけないのだ。どのように動けば怪獣らしくなるのかという試行錯誤。また、火を吐くとかいう設定があるせいでそのギミックも仕込まないといけなくて──と、特撮の仕込みの魅力も存分に描きこまれていく。  果たして、この決死の怪獣劇を成功させ、日本を降伏させることができるのか。本作をただただ気楽なコメディと捉えた場合、物語の締めとしてはシンプルにこれを成功させ、広島・長崎への核攻撃は回避されました、とするのが無難だ。読後感も悪くなく、登場人物もみなハッピーである。しかし、ジェイムズ・モロウはあえてこの第二次世界大戦末期の日本戦をテーマにするにあたって、核の悲劇から目をそらそうとしなかった。本作は笑って読める気楽なコメディであるのは確かだが、その根っこには核の悲惨さを伝え、被爆者の苦しみを伝えるテーマ性が存在している。それをアメリカの作家が、アメリカを舞台に描き出しているというねじれがあり、本作の〝被爆者〟の描き方には賛否両論もあるだろうが、個人的には絶賛を送りたい。(内田昌之訳)(ふゆき・いといち=書評家)  ★ジェイムズ・モロウ=フィラデルフィア生まれの作家。「おとなの聖書物語 第17話 ノアの箱舟」でネビュラ賞短篇小説部門、Only Begot―ten Daught、TowingJehovahでそれぞれ世界幻想文学大賞、本書でシオドア・スタージョン記念賞を受賞。一九四七年生。

書籍

書籍名 ヒロシマめざしてのそのそと
ISBN13 9784801947023
ISBN10 4801947026