ボリビア・ウカマウ映画伴走50年
太田 昌囯著
本橋 哲也
「われらが過去は現在の内にあり、過去は現在そのものです。私たちはいつも、過去を生きつつ同時に現在を生きています」。(ウカマウ集団『地下の民』一九八九年)
半世紀以上、私たちのラテンアメリカ理解に決定的な影響を及ぼしてきたホルヘ・サンヒネスとベラシオス・パラシオス率いるボリビアの映画集団ウカマウのおよそ十年ぶりの全作品上映が、太田昌囯さんと唐澤秀子さんの「シネマテーク・インディアス」によって、「ウカマウ集団60年の軌跡」と銘打たれて、この四月から五月にかけて行われた。一九八〇年に自主上演が始められた時、日本の観客の目に最初に触れたウカマウ映画は『第一の敵』(一九七四年制作)だったが、今回が日本初公開となる二作『女性ゲリラ、フアナの闘い――ボリビア独立秘史』(二〇一六年)と『30年後——ふたりのボリビア兵』(二〇二二年)も含め、五〇年に及ぶ「伴走」の集大成として、ウカマウ集団の映画を一気に上映する、おそらく世界でも前例のない試みだ。この画期的な映画上映に合わせて出版されたのが、ここで取り上げる太田氏の著書『ボリビア・ウカマウ映画伴走50年』である。
この拙稿の冒頭にあげたのは、本書でも引用されている(九四頁)『地下の民』で登場する先住民の長老の言葉だ。私たちが「歴史」を考えるとき、それはクロノス的な時間、つまり過去から現在、そして未来へと一方向的に「進歩」するヨーロッパ近代的な時制を思い浮かべがちだが、この言葉にあるのはアイオーン的な時間、すなわち過去と現在と未来とが入り組んで輻輳化し、矛盾と不確定性をはらみながら行きつ戻りつするような、演劇に特徴的な円環のように循環する時制を示唆する芸術的で精神的な時の捉え方である。太田氏がこの本を書いているのは、全くの偶然でエクアドルの首都キトで出会った『コンドルの血』を太田さんと唐澤さんが見て、翌日、サンヒネスとパラシオスと会った一九七五年の六月から半世紀が過ぎた時点なのだが、この本の全ての頁には、記憶とか反省とか述懐といったありふれた単語では尽くしきれない、まさに芸術的で精神的な出会いが印象的な言葉と表情と風景の数々とともに記されている。
「書物でも映画でも、出会うべきひとにたどり着くと、事態は動くのだ」(三〇二頁)――これはこの本の末尾に記されている言葉だが、本書を今読み終えようとしている私たちはこの言葉の重みに、感動するとともに躓かざるを得ない。この一文は、四つの名詞――書物、映画、ひと、事態――と、三つの動詞――出会う、たどり着く、動く――によって構成されているが、私たちが感動せざるを得ないのは、この語句の単純な組み合わせが、太田氏がウカマウ映画集団と五〇年にわたって伴走してきた、一九七五年のキトでの偶然の出会いから二〇二五年のウカマウ全一四作品上映までの「歴史」を象徴しているのであって、本書がその克明な証言となっているからだ。しかし私たちが同時に躓かざるを得ないのは、私たちの中でどれだけの数の人間が、この四つの名詞と三つの動詞に忠実に生きてきただろうかという疑念があるからだ。本や映画や人やモノに出会っても、私たちは怠惰から多忙から私欲から、目前に開けた道をたどることをしてこなかったのではないか……。
いま私たちのすべては、西ヨーロッパ主導の植民地主義と資本主義が地球環境の不可逆的な破壊を招いてきた五世紀の歴史の終結点にいる。そのことが「ポストヒューマン的思考」を導くのだが、それは人間以外の主体、動物や植物やモノやウィルスや無機物といった「他者」に主体を認めることに留まらず、そのような認識論的な転回を経ると私たちの世界にはどんな地平が開かれうるのかという思考実験でもあるだろう。この本には、そのように「他者によって動かされ、他者と協働してきた」著者の半世紀以上に亘る足跡が、同時代の世界の歴史とともにつぶさに記されている。
すべての「出会い」は偶然である。しかしその偶然を必然に変えるためには、「たどり着く」ことと「動く」こと、すなわち自己と他者との協働が欠かせない。今年ボリビアは独立後二世紀を迎えるが、ボリビアをはじめとするラテンアメリカ諸国ほどヨーロッパ的近代世界の暴力の痕跡と、その終焉の希望が集約的に表れている地域はない。ウカマウ集団と太田さんたちの「伴走」は、啓蒙や協働という営みが、一見自分とは関係のないように思えていたコトやモノとの出会いであり、他者という鏡を通して自己を知る演劇的な歴史という円環の創造でもあることを教えてくれている。(もとはし・てつや=東京経済大学名誉教授・英文学・カルチュラル・スタディーズ)
★おおた・まさくに=思想評論・映画評論。シネマテーク・インディアス主宰。著書に『鏡としての異郷』『〈万人〉から離れて立つ表現』など。一九四三年生。
書籍
書籍名 | ボリビア・ウカマウ映画伴走50年 |
ISBN13 | 9784865381771 |
ISBN10 | 4865381775 |