2025/09/12号 6面

炎はつなぐ

炎はつなぐ 大西 暢夫著 安嶋 是晴  日本各地に息づく伝統的な手仕事を追い、その現場で働く職人たちの声を丹念に記録した一冊である。著者・大西暢夫は、消費社会の効率化の波に抗し、自らの技を守り続ける人々を取材しながら、「ものづくり」の根源を探る。その視線は、単なる技術紹介や産業史の記録を超え、職人の生き方や思想、さらに自然との循環的な関係性にまで及んでいる。  各章で紹介される手仕事は、一見すれば個別に成立しているように見える。だが、読み進めるにつれ、それらが素材を媒介とした緊密なネットワークを形成していることがわかる。大西は和蝋燭を起点に取材を始め、物語はハゼ蝋、和紙、真綿、灯芯草といった自然素材をめぐって全国に広がっていく。  登場する職人は、和蝋燭職人をはじめ、三十を超える多様な担い手である。素材と技術は複雑に絡み合い、ある職人の営みは必ず別の職人の仕事に依存している。この関係を著者は「家系図のようなつながり」と表現する。例えば、ハゼ蝋の搾りかすは藍染の燃料となり、その燃えかすである灰は陶器の釉薬に活用される。また、藍染の際に出る灰汁は木綿の精練に使われ、精練後に残る副産物は再び畑の肥料として還元される。こうした連鎖は、単なる分業ではなく、生態系にも似た循環の仕組みをなしている。  こうした発想は、SDGsやカーボンニュートラルの理念と共通である。しかし、注目すべきは、それが新しい概念ではなく、地域に根ざした暮らしの中で長年培われてきた知恵であるという点である。利便性を優先する現代の価値観と対照的に、素材を生かし切る職人たちの営みは、持続可能な社会を構想するうえで確かな指針となる。  なかでも、第2章「和ろうそくの芯(和紙編)」の記述は、漆器産業を研究する立場から特に興味深い。漆器制作には、塗師屋のほか、漆刷毛師や砥石、研磨炭など道具制作を担う職人、漆掻きや漆精製、木地師など原料生産を担う職人が連なっている。この「見えない鎖」を理解することは、工芸を単なる製品や業態ではなく、文化的生態系として捉える鍵となる。  さらに、本書は伝統工芸が直面する現実の課題も明らかにする。職人の高齢化と後継者不足、原材料の確保難、道具の供給停止などは、多くの産地に共通する課題である。著者はそれらを声高に訴えるのではなく、現場の実感を通して静かに提示する。その手法により、読者は単なる「美しい伝統」ではなく、その裏に潜む脆弱性を理解できる。  本書の最大の問いは、なぜ職人たちが市場原理に背を向けても仕事を続けるのか、ということである。大量生産に比べれば非効率で、経済的合理性も乏しい。それでも彼らが手を止めないのは、「つくること」と「生きること」が不可分であるからだ。炎を見つめ、自然に寄り添い、指先の感覚を頼りに積み重ねる日々は、単なる労働を超え、自己の存在を確認する行為であり、未来への責任を引き受ける姿勢でもある。  本書の意義は、伝統工芸に関心を持つ研究者や実務者だけにとどまらない。むしろ、手仕事になじみのない若い世代や一般の読者にとっても有益な知見を含んでいる。多様な職能の連関を知ることは、工芸を単なる高級品ではなく、地域社会の営みや自然との共生を映し出す鏡として再発見するきっかけになる。現場の声を通じて、伝統産業を支える構造と、その未来を担う課題を学べる点で、教育的意義も大きい。  そして、本書は工芸を「もの」ではなく「文化」として再認識させる。とりわけ重要なのは、その文化が作り手だけで完結しないという事実である。職人の手で形づくられた工芸品は、使い手に渡り、日常で使われ、手入れされ、受け継がれることで初めて完成する。言い換えれば、私たち消費者も、作品を「完成」させる最後の工程を担う職人である。この視点に立てば、購買や使用という行為は、文化を継ぐ実践でもある。  『炎はつなぐ』は、ものづくりを通じて人と自然、過去と未来を結ぶ炎の物語である。その炎を絶やさないために、何をすべきか。著者は答えを提示しない。しかし、問いを共有することから、未来への道は拓かれる。伝統工芸に関わる者だけでなく、生活者としての私たちすべてに、この一冊を手に取ることを強く勧めたい。(やすじま・ゆきはる=富山大学学術研究部芸術文化学系准教授・地域経営論・伝統産業論)  ★おおにし・のぶお=作家・写真家・ドキュメンタリー映画監督。映画作品に『水になった村』』、写真絵本に『ぶた にく』(第五八回産経児童出版文化賞大賞、第五九回小学館児童出版文化賞受賞)『ひき石と24丁のとうふ』(第七二回産経児童出版文化賞大賞)、著書に『ホハレ峠 ダムに沈んだ徳山村百年の軌跡』(第三六回農業ジャーナリスト賞)など。一九六八年生。

書籍

書籍名 炎はつなぐ
ISBN13 9784620328409
ISBN10 4620328405