- ジャンル:政治・法律・社会
- 著者/編者: カィンディ・アンドリューズ
- 評者: 塚田浩幸
剝き出しの帝国
カィンディ・アンドリューズ著
塚田 浩幸
人間のなかで最も偉大なのは白人である。アフリカ人は心身の資質に劣っていて、物事の良し悪しの判断ができず、怠け者である。科学と理性は西洋で育まれ、アフリカで芸術や科学の才能を発揮した例はない――。歴史上の言説としての引用ですら思わず躊躇するようなこれらの偏見は、イマニュエル・カントら近世から近代の西洋の思想家によるもので、当時進行中のジェノサイド、奴隷制、植民地主義を正当化した。しかし、私たちがこれらを過去のものとして他人事のように考えるなら批判されても仕方がない。この知的基盤の上に形成された世界が現代まで遺産的に受け継がれているのは議論の余地がないし、そればかりか、依然としてその仕組みが積極的に稼働しているとしたらどうだろう。あなたのスマホはアフリカの鉱物を略奪して作られたものかもしれないし、あなたが飲むコーヒー豆はタダ同然の低賃金労働で栽培されたものかもしれない。あなたの裕福な生活は、偶然別の場所で生まれた貧しい人のおかげで成り立っているのだ。
著者カィンディ・アンドリューズの語りは過激で痛快だが、それは現代において帝国の暴力がヴェールに覆われ、もはや前述のような正当化言説も公には聞かれないため、その加害の様相を暴く必要があるからである。ドナルド・トランプのような正直者は多くない。白さに審美的基準を置く美白製品は白さをアピールせずに販売される。思いがけずもコロナ・パンデミックは、世界各地の人々が感染し死亡する確率に違いがあることを露わにし、命の価値に差がある現状を顕在化させた。歴史の語りにおいてすら、西洋人が牙をむいた現実を直視できているとは言い難い。ジェノサイドという言葉ができたのは、ヨーロッパ人がユダヤ人という同じ白人に向けて初めてその非道ぶりを自覚したためというが、今でも南北アメリカ先住民に対する大量殺戮の歴史にその言葉をあてない者がいる。彼らの人口が激減したのは、免疫を持たない病原菌をヨーロッパ人が持ち込んだことによる偶発的な出来事であると。コロンブス像を撤去すべきと主張する一見倫理意識の高い人も、アメリカ先住民の犠牲のうえに構築した世界システムの恩恵を享受し続けるなら堂々と祝ったほうが一貫性がある。
確かに第二次世界大戦終結後、表向きは脱植民地化が進んだ。しかしアンドリューズに言わせれば、その時勢のなかでも人種差別的で不公正な社会の維持ためのアップデートが進められた。国際連盟にはじまる国際的枠組みの構築は、西洋諸国にとって戦争を防いだほうが世界の富の搾取プロジェクトが持続可能になるためだという、疑り深い見方もある。この新時代の主な支配手段は金融であり、欧米各国政府から出資される国際通貨基金や世界銀行は彼らの政治的思惑と絡まりあって動いている。今世紀に入ってアフリカへの進出を本格化した中国はインフラ整備と引き換えに天然資源の獲得をもくろむ。サウジアラビア、韓国、カタールも加わり、アフリカは再び外国勢力による分割の憂き目にあっている。
昨年逝去された平和学の父ヨハン・ガルトゥングは、軍事的暴力のない「消極的平和」だけでなく構造的暴力もない「積極的平和」を築くことの重要性を説いていた。すなわち、経済的に搾取されず、平等をはじめとした政治的権利を有し、自尊心を持てるなどの精神的充足も備えた状態である。西洋優越・白人至上主義的な世界ないし世界観は、創世に由来するものでも本質的に決まっているものでもなく、近世以降に他者を犠牲にすることで繁栄を勝ち取って構築したものである。その前までは、医学や天文学など学問の中心はイスラム世界にあった。アフリカ人にしても、一八世紀バージニアに数学の才能に傑出した奴隷がいたことを示す史料がある。まず私たちは「知の脱植民地化」を達成し、非西洋の歴史の歩みを再評価し、贔屓目のない世界観に更新していく必要がある。そして、より困難な課題、すなわち、地球規模の富の偏在を解消していく取り組みは、アンドリューズは悲観的に、白人側には守りたい既得権益があるためそれを自ら手放すのは期待できないという。しかし、本書の読者は読んだが最後、ただ不自由のない日々を過ごすだけでも構造的暴力に加担しているという現実に気づかされ、それに向き合うための一歩をそれぞれの形で踏み出していることだろう。(荒木和華子・渡辺賢一郎・上林朋広・苧野亮介訳)(つかだ・ひろゆき=明治大学兼任講師・近世アメリカ史)
★カィンディ・アンドリューズ=バーミンガム・シティ大学教授・社会学・カルチュラルスタディーズ。ブラック・ユニティのハランビー組織の議長を務めており、Make it Plainの編集長でもある。
書籍
| 書籍名 | 剝き出しの帝国 |
| ISBN13 | 9784750359625 |
| ISBN10 | 4750359629 |
