オノ・ヨーコ
デヴィッド・シェフ著
安藤 さやか
『オノ・ヨーコ』──読み終えて本を閉じたとき、副題もないそのストレートなタイトルが、とてもしっくり来た。
本書は著述家デヴィッド・シェフが、『プレイボーイ』誌の取材のためにオノ・ヨーコ&ジョン・レノン夫妻と共に過ごした日々を懐古しつつ、膨大な出典を提示して「オノ・ヨーコというアーティスト」の人物像に迫る内容。衝撃的な点としては、著者の取材直後、掲載に関する電話をした翌日にジョン・レノン暗殺事件が起きたところが挙げられる。
まずひとつの注意点として、この本は「音楽」ではなく「前衛芸術」についての書籍である。本書を読み解く上で、現代アートへの知識はそれなりに必要だ。知識がなければ、服を切り取らせたり、楽譜に文字ばかり書いたり、暗闇で沈黙したりする彼女たちの芸術活動は奇行のように思えるだろう。
芸術に関する本ゆえに、ビートルズのファンが望む裏話もほとんど無い。ジョンとの共作については既知の部分が多いし、ジョージ・ハリスンに関する描写が少ないのは気になるところ。とはいえ、このあたりはヨーコを中心とした内容では仕方ないところである。
また、著者はアメリカ人だから、ヨーコの錚々たる家系や来歴について、日本人ほどの肌感覚的な理解は無い。内容には、フラットであろうとするあまりに偏向ぎみな部分もある。もっとも、それは著者自身も認めるところであり、読者側も認めて読むべきだ。ヨーコがのめり込んだ神秘主義については〝否定も肯定もせず、あまり深く触れない〟という良い距離感を保っている。
本書の何より優れている点は、ヨーコについて、よくある「ジョン・レノンの妻、オノ・ヨーコ」ではなく、「波乱万丈な人生を歩んだひとりの女性前衛アーティスト、オノ・ヨーコ」として綴っている部分である。著者は一次資料となり得る出典を示し、ヨーコが世間から受けた多くの誤解や誹謗中傷に毅然と反論し、「彼女はひとりの芸術家であり、その芸術性ゆえジョン・レノンに愛された」とひたすらに語っている。
本書を読めば、「ビートルズを解散させた人間などいない」ということがわかる。ジョンとヨーコが出会った時点で、バンドは疲労し、分解しかかっていた。そのタイミングでヨーコとジョンは出会った。もっと前でも後でも、ふたりが結ばれることは変わらなかったし、ビートルズは解散を免れなかったことだろう。
とはいえ、当時の彼らの態度や行動に批判されるところが無いと言えば噓になる。事実、交際を始めた頃のジョンとヨーコの関係はいわゆるW不倫状態と、褒められたものではない。だが、そこからビートルズ解散の責任までをもヨーコに求めるのはあまりに過剰である。
ファンは愛するバンドを失った悲しみにスケープゴートを求めた。犠牲となったのはタイミング悪くそこに現れたヨーコだった。振り返れば、結局それが全てなのではないか。
目の前で夫を暗殺され、自身にも銃口を向けられたヨーコに対する仕打ちはあまりに酷いものだった。夫の遺体の写真を新聞社に売られ、それが新聞の一面に載り、信用していた人間に遺品を盗まれて、霊能力者たちは電話で口裏を合わせ、ヨーコを騙そうとする始末。
そんな中、ヨーコはどんな批判を受けようとも、作品を発表し続けた。そうすることが彼女の心を救った。その姿と作品を見て、救われた者も多いはずだ。
ヨーコが92歳を過ぎ、世界中で紛争が起こる昨今、改めて〝芸術家オノ・ヨーコ〟を語ることには強い意味がある。近年、彼女が発表しているフェミニズム的作品群や平和を祈る叫びに、社会的意義があることは間違いない。
一方、本書はヨーコを中心に描きたいがあまり、当時の女性芸術家を無視している部分がある。たとえばヨーコの活動と時を近くして、草間彌生はすでに高い評価を受けていた。フルクサスの関係者にも多くの女性芸術家がいる。フェミニズムを語りながらそれらの女性たちを透明化させてしまっているのは、本書の批判点と言える。
それでもオノ・ヨーコが前衛芸術の先駆者であり、フェミニズムや平和活動とアートを融合させ多くの人の心を震わせた芸術家だということは変わりない。本書を読み終えたら、ぜひ彼女の作品について調べ、そこに表現されたことをきっかけに、さまざまなことを〝想像〟してみてほしい。彼女の作品を完成させるのは、すべての「あなた」なのだから。(岩木貴子訳)(あんどう・さやか=音楽ライター)
★デヴィッド・シェフ=米国の著述家。著書に『ビューティフル・ボーイ』(二〇一八年映画化)など多数。『ニューヨーク・タイムズ』紙、『ローリングストーン』誌、『WⅠRED』誌、『フォーチュン』誌などに寄稿。
書籍
書籍名 | オノ・ヨーコ |
ISBN13 | 9784636980363 |
ISBN10 | 4636980360 |