2025/06/13号 6面

グローバル時代を生きる妖怪

グローバル時代を生きる妖怪 安井 眞奈美編 横山 泰子 一読し、「妖怪に国境なし」との認識をあらたにした。  国際日本文化研究センター(日文研)では、小松和彦日文研名誉教授が中心となって、1997年より「怪異・妖怪共同研究会」を主催してきた。近代化以降排除され否定された妖怪を、学際的な研究対象とすること自体、90年代の段階ではかなり野心的な試みだったが、共同研究は長く継続され、成果は4冊の本「妖怪文化叢書」シリーズとして刊行された。安井眞奈美編『グローバル時代を生きる妖怪』(せりか書房)はその第5冊目である。  シリーズをふりかえると、最初の『妖怪文化研究の最前線』(2009)は、執筆者全員が日本在住の研究者で、興味の対象もおおむね日本の妖怪文化を中心としていたが、途中から日本と海外との妖怪の比較がなされるようになった。第3作目の『進化する妖怪文化研究』(2017)では外国人研究者の論考が増えたこともあり、比較妖怪学の可能性が示された。しかし、続く第4弾『妖怪文化研究の新時代』の序で、「怪異・妖怪研究の新時代のさらなる展開を想像しながら、ひとまず結びとしたい」(安井眞奈美筆)と書かれていた。これまで妖怪研究を牽引してきた小松教授の退官もあり、正直なところ筆者は「これで日文研の比較妖怪学は終わったのでは」と淋しい思いをかみしめていた。  しかし、幸いにも、終わりではなかった。日文研はさらに、海外で妖怪関連のレクチャーやシンポジウムを積極的に開催し、コロナ禍をものともせず、ハルオ・シラネ(コロンビア大学教授)ら外国の研究者との交流を深めて本書の刊行にもっていった。叢書の編者が小松和彦から安井眞奈美へと変わっているのは、日文研の国際的な妖怪研究のバトンが確実に次の世代に渡されたことを示す。  『グローバル時代を生きる妖怪』は、一国で妖怪研究を推進するのではなく、国境を越えて行う現代の状況を反映した書として読める。『鬼滅の刃』の世界的ヒットなど、日本のポップカルチャーの人気に伴い、日本の妖怪は外国人から注目され、ドラキュラなどの海外モンスターの研究も盛んになっており、今や妖怪に関心を持つ者同士の国境を越えた議論がなされる時代である。そして、そもそも妖怪とは境界的な現象とも存在ともいえ、国境に縛られるものではないはずだ。実際にこの本では小松和彦、葊田龍平、マイケル・ディラン・フォスター、安井眞奈美、木場貴俊、金容儀、山中由里子、ハルオ・シラネ、ル・コーの越境的な論が収められている。  ところで、妖怪好きの人同士が国境をこえて議論しようとする時、言語の壁が高くたちはだかる。「妖怪」一つとっても、日本人の間でさえ定義や使い方が異なるのに、外国語にどう訳すかという基本的な事から考えねばならない。とりあえず英語を使わざるを得ないので、妖怪にあたる英単語を考えるが悩ましい。「鬼」や「幽霊」は漢字語であるから、中国では話が通じるかと思いきや、意味や用法が異なっており、互いに当惑する……これが比較研究の現状である。  本書の一番の注目点は、妖怪関連の「日本の重要語を翻訳する際の課題」と用語集(英語)、「中国語の用語とその意味合い」等、翻訳上の基本的な問題が整理されていることだ。これは、日本語と外国語で共同研究をすすめてきたチームが、言葉の壁をのりこえるために作った武器である。今後はこの用語集をもとに、他の諸外国語での言葉を比較検討するのも、有意義と思われる。  本書では、東アジアの妖怪・怪異の分析、ジェンダー論、欧米でのモンスター研究など、様々な視点や論点が示されている。本書の中身のもとはコロンビア大学でのワークショップだったそうだが、参加者限定の英語での研究成果を日本語に翻訳し本の形にしてくれたおかげで日本の読書人が読むことができる。これは感謝すべきことであり、ぜひとも叢書の刊行を続けてほしい。(よこやま・やすこ=法政大学 理工学部教授・日本文学・日本近世文化)  ★やすい・まなみ=国際日本文化研究センター教授・民俗学・文化人類学。著書に『出産環境の民俗学』『怪異と身体の民俗学』『狙われた身体』、編著に『怪異・妖怪学コレクション1』など。

書籍

書籍名 グローバル時代を生きる妖怪
ISBN13 9784796704021
ISBN10 4796704027