2025/11/21号 3面

マルクス・リバイバル

マルクス・リバイバル マルチェロ・ムスト編著 石川 康宏  「『実在する社会主義』としばしば誤って同一視され、1989年以降無愛想に払いのけられてしまった思想家についての新しい問いを、多くの人々が考えはじめている」(「序言」、マルチェロ・ムスト)。  「明日のマルクス主義はさらなる分析とさらなる実践の産物であろうが、そのための必要条件の一つは、マルクスを知的に、注意深く、そして批判的に読むことであろう。彼の全作品は、依然として歴史的な社会科学の最も豊かな資源を提供するものであり、それは私たちが無視したり歪曲したりすることのできない資源なのである」(22章「マルクス主義」、イマニュエル・ウォーラーステイン)。  「マルクス復権」をタイトルとする本書の基本的なスタンスは、この二人の言葉に象徴されている。  「実在する社会主義」と「マルクスの真の思想」を明快に区別する編著者のムストは、マルクスの「古典的テーマをめぐる議論」を古い伝統的なやり方ではなく「批判的かつ画期的なやり方」で「再開」し、また「これまで比較的注意を払われてこなかった特定の問題についてのより深い考察」を求め、それに「資本主義」「共産主義」「エコロジー」「ジェンダー平等」「ナショナリズムとエスニシティ」など様々なキーワードにそって、理論的・政治的立場を違える22人の著者が応えている。唯一マルクスその人に焦点を当てるのではないウォーラーステイン「マルクス主義」は、マルクス以後の「マルクス主義」の歴史的変遷に焦点をあて、そこから逆にマルクスを正視することの必要性を浮き彫りにする。  1989年が論壇からマルクスを強制排除する転機となった歴史は日本においても同様で、リーマン・ショックがマルクス復権へのひとつの足がかりとなったところも同じである。だが、「復権」を前に進める上でより重要だったのは、MEGA(新マルクス・エンゲルス全集)の刊行を継続し、刊行された新資料を駆使してマルクスの再発見を進める作業そのものが日本と欧米で同時進行していたことだった。  目につくところのいくつかを抜き出せば、アレックス・カリニコス「階級闘争」は資本主義後の新しい社会を担う労働者(人間)の能力の発達を論じ、ミシェル・レヴィ「革命」は「生産力の構造、エネルギー源」の根本的な変革をその重要要素とする。モイシェ・ポストン「資本と時間性」は資本主義把握の方法における「歴史」の意義の深掘りに挑み、ピエトロ・バッソ「移住」はアソシエーション(未来社会)概念中の「民族間の確執の絶滅」に注目し、さらにロビン・スモール「教育」は労働能力の形成と人間そのものの発達における教育の役割を検討する。それぞれの章にふくまれたこれらの論点は、現代日本においても理論と実践の双方で重要な探求テーマとされている。  またピーター・ヒューディス「政治組織」は、同盟にも党にも属さぬ時期のマルクスが語った「大きな歴史的な意味での党」(この言葉をヒューディスは直接には引用していないが)を問うが、これはかつて日本で行なわれた政党のあり方をめぐるある論争を思い起こさせる。  22のキーワードにそって展開される諸章の前に、各種「マルクス主義」による歪みから、事実上、マルクスの理論と現代的意義を救い出す役割を担って展開されたムスト「マルクスの理論的革命」は、もっぱら日本語圏での研究に接してきた私にとっても、非常に読みやすいものとなっている。同氏の訳書がすでにいくつか出版されていることもあるが、より大きな理由は、マルクスの理論や理論史のとらえ方、気候危機、グローバリゼーション、アソシエーションへの接近といった今日的課題に向き合うマルクスの可能性など、理論の基礎的な領域で多くの理解が重なっているところにある。  邦訳590ページにおよぶ知的刺激に富んだ大著の訳出に感謝したい。(斎藤幸平・佐々木隆治監訳)(いしかわ・やすひろ=神戸女学院大学名誉教授・経済学)  ★マルチェロ・ムスト=カナダの社会学者。ヨーク大学教授。マルクス研究の復権に多大な貢献。著書に『アナザー・マルクス』『万国の労働者、団結せよ! マルクスと第一インターナショナルの闘い』など。一九七六年生。

書籍

書籍名 マルクス・リバイバル
ISBN13 9784911256350
ISBN10 4911256354