2025/02/28号 5面

モヒカン族最後の戦士

モヒカン族最後の戦士 ジェイムズ・フェニモア・クーパー著 塚田 浩幸  物語はフレンチ・インディアン戦争のさなかの一七五七年、エドワード砦のイギリス人駐留部隊が、予見されるフランス軍の進撃に対抗するため、ウィリアム・ヘンリー砦に向かうところから始まる。エドワード砦は現在のニューヨーク州東部ワシントン郡、ウィリアム・ヘンリー砦は同州ジョージ湖南端にあり、鬱蒼と茂る森の移動は過酷で危険だった。その先導役を担ったのが先住民で、地理の知識に優れるのはもちろん、足跡や匂いや音など様々な情報を集め、時々の状況に的確な判断を下すことができた。その案内役は実はフランス側のヒューロン族のマグアという人物で、イギリス人から砦に一向にたどり着かないことを疑念にもたれたときに逃亡してしまう。森の闇に残されたイギリス人の力になったのは別のモヒカン族の先住民であり、そう、当時は植民勢力の広がりが限定的で、先住民が大きなファクターとなって北米世界を構成していた。  その後も、ウィリアム・ヘンリー砦での英仏間の戦闘と交渉を経て劣勢のイギリス軍が砦を明け渡すことになったとき、ヒューロンはフランスの忠実な手下として統制されていたわけではなく、自分たちの利害や考え方に沿って主体的に行動した。イギリス軍の撤退をフランス軍は静かに見守るなか、ヒューロンが襲いかかり、殺戮、略奪、虜囚の被害をおわせた。この「ウィリアム・ヘンリー砦の虐殺」のなかでコーラとアリスというイギリス人姉妹が囚われの身となった。彼女らの奪還のための激闘が物語のクライマックスであり、イギリス側でそれに助力したモヒカンのアンカスはマグアに殺害される。そのマグアも戦死し、イギリス人を苦しめた先住民を超克して幕切れとなる。  この物語は史実をもとにしつつ、作者の事実誤認や創作も入っている。その勢力図は、モヒカンはレニ・レナペ族の一部としてミシシッピ川以東に広がる勢力の一員であり、ヒューロンはレニ・レナペの北隣に陣取るメングウェという集団の一部であった。メングウェはかつてニューヨークにいたオランダ人と結託してレニ・レナペを非軍事化し、モヒカンは軍備を維持しつつもこのときまでに数を大きく減らしていた。もともと群雄割拠していた様々な先住民勢力はやってきたヨーロッパ人をそれぞれ味方につけ、逆にヨーロッパ人も先住民の力を利用して、またはそれに打ち勝って自分たちの帝国を拡大させていた。  話の展開自体は異人種関係の不均衡や予定調和をさほど感じさせないが、イギリス人の敵味方双方の先住民の重要人物が命を落として彼らの活躍が過去のものとなる結末は、先住民一般の運命を暗示しているようにも受け取れる。『アメリカ古典文学研究』のD・H・ローレンスは、アメリカ白人が先住民を「根絶しようとする願い」と「栄光化しようとする願い」の両方を抱いていたと説明する。まさに『モヒカン族の最後』から『モヒカン族最後の戦士』に今回変更された邦題は勇ましさを増し、この二つの願望が強くうかがえるものとなった。フレンチ・インディアン戦争から七〇年が経ち、合衆国が独立して西方に拡大してゆく時代にあって、失われつつある先住民の躍動する世界がここにしたためられている。  しかし、訳者はその一歩先の読み方をする。「本書がもっとも鋭く糾弾しようとしているのは、西欧植民地主義が北米先住民に加えた甚大な損害であろう」と。確かに、この物語は植民勢力の伸長とその吉凶を描き、同盟・対立関係が入り組んで共通の先祖を持つ者どうしの絆でさえ断ち切られていることを能弁に説明する。新たな地上の支配者「ペールフェース」(ヨーロッパ人)に代わる「レッドマン」(先住民)の時代の再来に思いをはせる、そんな先住民の語り口を採録した締めくくりも印象的である。クーパーの真意はどこにあるのか、本作は先住民に対する歴史的不正義を問い直す現代の問題意識と共鳴し、読者をその探究へと誘うのだ。(村山淳彦訳)(つかだ・ひろゆき=明治大学兼任講師・近世アメリカ史)  ★ジェイムズ・フェニモア・クーパー(一七八九―一八五一)=アメリカの小説家。著書に、独立戦争を題材とした『スパイ』、連作小説の『開拓者たち』『モヒカン族最後の戦士』『大草原』『パスファインダー』『ディアスレイヤー』など。

書籍

書籍名 モヒカン族最後の戦士
ISBN13 9784867800621
ISBN10 4867800627