2025/05/23号

犯罪へ至る道、離れる道

犯罪へ至る道、離れる道 ロバート・J・サンプソン、ジョン・H・ラウブ著 津富 宏  ロバート・J・サンプソンとジョン・H・ラウブが著した本書は、現代犯罪学のホットイシューである「離脱(desistance)」に関する代表的な理論であるライフコース理論を提示し、かつ、同理論を長期縦断データを用いて実証した犯罪学の金字塔である。  原著Crime in the Makingは1993年に出版された。日本に本書を始めて紹介した(1996年)のは評者だが、私自身は訳出しようとは思わなかった。30年余りが経った今、訳出された本書を日本語で再読し、訳出を企画し実現させた翻訳チームの労苦に思いをはせるとともに、その努力に敬意を表したい。  本研究の犯罪学に対する最大の貢献の一つは、本書が用いたデータの復元である。本研究が用いたデータは、犯罪学の基礎を築いた先達であるグリュック夫妻が1939年から49年にかけて収集したもので、紙媒体のまま、ハーバード大学のアーカイブに眠っていた。著者は、このアナログデータを発掘してデジタル・コーディングし、再利用を可能とした。このデータ復元の作業自体が、本研究の犯罪学に対する貢献を圧倒的なものとしている。復元の結果、このデータは、当初10歳から17歳であった少年たちが、グリュック夫妻によって32歳まで、さらに、ヴァイラントによって45歳まで追跡された、長期縦断データとなった。  離脱とは、「犯罪を犯した者が犯罪を犯さなくなること」である。大変重要なプロセスではあるが、犯罪学は長らく、「人はなぜ犯罪をするようになるのか」に興味を注ぎ、離脱を対象とした研究は限られていた。本書は、犯罪学の焦点をシフトした、最初の一冊のひとつといってよい。  犯罪を犯した者の大半は犯罪をやめる。すなわち、(おのずと)離脱をするわけだが、それはなぜだろうか。本書は、犯罪学の代表的な理論のひとつである社会統制理論を用いて「離脱」を説明する。社会統制理論とは、人が犯罪を犯す(犯さない)のはその人に対して、家族、職場、学校などの社会制度が及ぼす社会統制が十分に及んでいない(いる)からであると考える。ライフコース理論は、社会統制理論を応用し、ライフコースに沿った社会制度との関係(社会関係資本)の変化がもたらす社会統制の変化の結果として、離脱を説明する。このように、ライフコース理論は、社会統制理論の応用であるので、離脱(犯罪をしなくなるプロセス)を犯罪をするプロセスの「裏返し」として捉える。  その後、離脱研究は、本書を一つの契機として発展し、2001年には、シャッド・マルナがMaking Goodを出版した。マルナは、リカバリー概念を踏まえて、犯罪をすることの裏返しとしての概念ではなく、固有の意義をもつ概念として離脱を定義した。ぜひ、読者には、評者も翻訳に関わった、Making Goodの翻訳である『犯罪からの離脱と「人生のやり直し」 元犯罪者のナラティヴから学ぶ』(明石書店)を合わせて読んでもらいたい。両書を読み合わせることで、犯罪学における離脱研究の進展を学ぶことができよう。  さらに、本書の価値は、ライフコース理論を実証することで、離脱という現象を説明/理解するための理論の重要性に加えて、離脱という現象の促進するための理論の重要性を示したことにある。ライフコース理論の鍵概念は、社会関係資本であるが、本書は、犯罪を犯した人々の離脱を促進するには、ライフコースに沿って社会関係資本を布置していく政策が重要であることを示したのである。  惜しいのは、社会統制、社会関係資本、軌跡、移行、転機などの本書のキーワードについて、オリジナルの英語での表現が示されていないことである。それらは、それぞれ、social control,social capital,trajectory,transition,turning pointであるが、それらは本書を読んでもわからない。本書の内容を扱った邦語文献では、異なる日本語訳が用いられたり、オリジナルの表現をカタカナにしたものが用いられていることが少なくなく、本書の改訂にあたっては、日英の表現を併記してもらいたい。(相良翔・大江將貴・吉間慎一郎・向井智哉訳)(つとみ・ひろし=立教大学特任教授・犯罪学・青少年支援)  ★ロバート・J・サンプソン=ハーバード大学ウッドフォード・L・アン・A・フラワーズ教授。  ★ジョン・H・ラウブ=メリーランド大学カレッジパーク校名誉教授。

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