著者インタビュー
朝宮運河
怪奇幻想ライター・書評家の朝宮運河さんが『現代ホラー小説を知るための100冊』(星海社)を上梓した。鈴木光司『リング』から上條一輝『深淵のテレパス』までを取り上げ、日本の現代ホラー小説の歩みを辿る。本書の刊行を機に、朝宮さんにお話を伺った。(編集部)
――最初に、刊行経緯をお伺いします。
朝宮 執筆のお話をいただいたのは、今から4年ほど前になります。当時から、文芸ジャンルでホラーは盛り上がりを見せていた。2023年には背筋さんの『近畿地方のある場所について』をはじめモキュメンタリーの流行もあって、令和のホラーブームは今、より勢いを増しています。
一方で、話題作にのみ注目が集まり、ジャンル全体の奥行きが見えづらくなっていることも気になっていました。各作品という〝面〟では語られても、歴史的な流れに位置づけ、〝線〟で語られることは少ない。鈴木光司『リング』から始まる1990年代のホラーブームを同時代的に見てきた私の仕事は、その線を繫ぎ、ホラージャンルを立体的にすることではないか。そこで本書では1991年から2024年までを8章に分け、時系列に沿いつつ、現代ホラー史を考える際に必読と思うホラー小説100冊を紹介しています。最近のブームで興味を持った読者の、入門書的なガイドブックを目指しました。
――100冊厳選するにあたり、選ぶ基準などはあったのでしょうか。
朝宮 まず、ここでまとめているのは、あくまで朝宮主観による現代ホラー小説史であることは述べておきます。本書では、「ホラー小説とは怪異と恐怖の文学である」と定義している。何をホラー小説とするのか、自分の考えを100冊選ぶ指針としても整理する必要がありました。今回、サイコホラーやデスゲームものがほとんど入っていないのは、この定義に沿って選書したからです。保守的かもしれないけれど、あれもこれもホラーとして論じると、ジャンルの求心力が弱まってしまう。保守的な軸やコアを一度押さえておくのは、ジャンルを守るためにも大切だと私は考えています。批評や評論においてジャンルにこだわりすぎると別の問題が生じるので、注意は必要ですけどね。
そのうえで、何を選ぶか。面白い作品はたくさんあるけど、すべてを入れるわけにはいきません。作品を選ぶより100冊に絞る方が大変で、今回は後続世代に与えた影響の大きさ、その時代を象徴する作品という観点で選書していった。中でも私が重要だと考える5名――小野不由美さん、綾辻行人さん、宮部みゆきさん、三津田信三さん、貴志祐介さんの作品は、2作ずつ紹介しています。
――星海社さんの「○○を知るための100冊」シリーズは各作品が見開き1ページで、あらすじ・ガイド・併読のススメで紹介される。国内に限らず、海外の作品もガイドする「併読のススメ」が本当に素晴らしく、朝宮さんにしかできないお仕事だと思います。
朝宮 読者に、より大きなホラー史に接続してもらいたい。そんな強い気持ちがあったので、本書ではトータルで200冊以上の作品に触れています。「併読のススメ」ではスティーヴン・キングやディーン・R・クーンツなどの海外名作ホラーも取り上げ、国内外の豊かなホラー史に繫がるガイドを心がけました。
紹介した作品や歴史的な流れは、ホラーマニアからすると共有認識のものかもしれません。でも、当たり前だと思っていることも、誰かが語らなければ語り継がれていかない。実際、ホラーの場合は2000年以降の評論がぽっかり抜けています。一例でいうと、森見登美彦さんが2006年に怪談小説『きつねのはなし』を書いているのは、当時怪談が流行したという背景があるからです。作品として痕跡は残っていても、経緯がまとめられなければ、何が起きていたのか分からなくなってしまう。時代との絡みや各作品の繫がりなど、ネットではなかなか見つけにくい情報は、できる限りフォローしています。
――巻末に評論「現代ホラーの新しい波」と年表を置いているところに、活字として残すことに対する朝宮さんのこだわりを感じました。
朝宮 作品ガイドだけで終わった方が、スケジュール的には安全ではあったんです(笑)。でも、私が一番書きたかったのは評論の内容だった。2015年に『ぼきわんが、来る』でデビューした澤村伊智さんの登場によって、現代ホラーは転換点を迎え、大きく盛り上がることになりました。そこから10年経ち、ホラーシーンは再び新しい段階に進んでいます。この動きを私は「現代ホラーの新しい波」と呼んでいて、誰かが言語化しなければと思っていました。
これに関してはミステリ界、中でも新本格ムーブメントの歴史から学んでいるところが大きいです。たとえば千街晶之さん編集の『ニューウエイヴ・ミステリ読本』は、新本格が登場してから約10年後の1997年に刊行されている。当時、新本格を整理しようという気運が高まったのでしょう。新興ジャンルだった新本格は、評論と創作の両面から定着していったんですね。現代ホラーも新本格と同じように根づき、広がってほしいと思っています。
――最後に読者へメッセージをお願いします。
朝宮 今年は本書以外に、国内外のホラーの名著を紹介する『怖い名著88 乱歩、キングからモキュメンタリーまで』(講談社)ともう一冊、戦後のホラー史を辿る通史を準備しています。私自身、東雅夫さんや千街さんといった先人のブックガイドを読みながら、ジャンルの魅力に触れ、ワクワクしながら本を探していった経験がある。この3冊で、少しでもそういう仕事ができていたらと思います。何より、ホラーはSFやミステリと並ぶくらい豊かで面白いジャンルであると知ってもらえれば、大変嬉しいです。 (おわり)
★あさみや・うんが=怪奇幻想ライター・書評家。編著に『家が呼ぶ 物件ホラー傑作選』『再生 角川ホラー文庫ベストセレクション』『てのひら怪談 こっちへおいで』など。一九七七年生。