社会民主主義と社会主義
松井 暁著
瀬戸 宏
『社会民主主義と社会主義』(以下本書と略記)はA5判一七六頁でそれほど大きな本ではない。しかし中身はたいへん濃い。
社会民主主義が追求する現代資本主義を福祉国家としてとらえ、それが共産主義に移行する過程での問題点克服を、マルクス主義に基づいて考察する。これが本書の基本視点である。その問題点の主要内容は、経済成長・労働・国家・グローバル化の四点である。本書で言うマルクス主義は、マルクスの著述に忠実な解釈ではなくマルクスの学説を整合的に総合した体系である、としている。マルクス主義は社会主義を目指すのだが、その社会主義は自由主義と資本主義の発展を十分踏まえたうえでその矛盾を内在的に克服しようとする思想・運動とされる。また旧ソ連などのマルクス・レーニン主義はソ連崩壊などの歴史を踏まえて、社会主義とは無縁であったと判定している。
本書の主要内容を検討してみよう。まず、社会民主主義と社会主義の関係が概観される。松井氏は、新自由主義に傾斜した「第三の道」や単純な福祉国家維持ではなく、万人に善き社会を創造するという社会民主主義再生の方向を支持する。再生した社会民主主義は定常型社会、労働と福祉の分離、国家の縮小、コスモポリタン社会の追求の面で社会主義に接近する。だから社会民主主義の再生は、社会民主主義者とマルクス主義者の共通の目標だとする。
生産力の問題については、マルクス主義は生産力の無限発展を賛美する生産力主義で、生産力の環境破壊が深刻な問題となっている現代にはふさわしくない、という批判がエコロジストから投げかけられてきた。松井氏は、社会主義社会では生産性の向上によって生産力は定常状態に落着きながら必要物の充足は満たされ、環境との両立は可能とする。労働については、まず私的所有に基づく強制・疎外された労働から人間らしい労働を取り戻す労働の解放が行われる。この段階ではまだ社会の存続のために非自発的な労働を必要とするが、さらに進んだ共産主義社会では労働からの解放が目標になる。人間は労働から解放され自由時間を享受するのである。国家については、マルクス主義には階級国家論と疎外国家論があり、階級国家が廃絶された後も疎外国家は継続される時期があるが、人間疎外が克服された社会では疎外国家も廃絶される、と考える。グローバル化については、松井氏は、社会主義は資本主義が経済成長を実現し定常状態に入った段階で初めて可能になる、非資本主義の道を通じた社会主義の路線は失敗が明らかになった、と考える。この考えに基づき、松井氏は資本主義のグローバル化を否定しない。これまで資本主義グローバル化が批判されたのは周辺への搾取が低賃金の形態で強められたからであった。しかし周辺も資本主義化が進行し低賃金が不可能になると、中心の資本主義は行き詰まり社会主義化が促され、さらに周辺の自立的発展を可能にする。
以上の見解に立って、松井氏は社会民主主義左派の路線こそが今日もっとも期待できる社会主義の潮流であると結論付ける。社会民主主義右派が従来の福祉国家維持を自己目的化するのに対して、左派は福祉国家の平等主義をさらに強め生産手段の社会的所有に発展させる傾向である。
以上の要約からでも、本書で生産力、労働、国家や社会民主主義など重要概念について今後の研究を促す有益な提起が行われていることがわかるであろう。
その上で一点私の疑問を記す。近年のマルクス研究は、エンゲルスを含めて他の付加部分を削除し、マルクス個人の思想を純粋に復元する傾向が主流のようだが、松井氏は逆にマルクス個人ではなくマルクス主義を問題にする。しかしその具体的定義は本書では不鮮明である。マルクス主義の意味範囲は広く、松井氏が否定するマルクス・レーニン主義も、自身がマルクス主義の一部であることは認めるであろう。マルクス主義と社会民主主義の関係を含めて、松井氏が今後自己のマルクス主義観をより明確にすることを期待したい。(せと・ひろし=摂南大学名誉教授・中国現代文学演劇・中国近現代史・社会主義論)
★まつい・さとし=専修大学教授・社会経済学・経済哲学。著書に『ここにある社会主義』『自由主義と社会主義の規範理論』など。
書籍
書籍名 | 社会民主主義と社会主義 |