2025/02/28号 5面

ふたりの距離の概算

〈書評キャンパス〉
書評キャンパス 米澤穂信『ふたりの距離の概算』 牧野 香々百  筆者は人との距離感は一生かかってやっとわかるものかもしれないと思っている。距離が近すぎるとお互いに傷つけあってしまい、遠すぎると相手と心からつながることは難しい。学生のうちにはとても習得しきれなかった。そのような中で、筆者が考える本書のキーワードは「友達」と「距離感」である。  「やらなくてもいいことなら、やらない。やらなければいけないことなら手短に。」がモットーの男子高校生折木奉太郎は、所属する古典部に、仮入部していた一年生の大日向友子が、突然「入部しない」と言う事件に遭遇する。仮入部は短い期間だったとはいえ、彼女が何に喜び何に傷ついてきたのか、ほとんど興味を持ってこなかった折木は、何が起こったのか見当がつかない。しかし、「入部しない」と宣言した去り際に、温厚で声を荒げるところなどみたことのない古典部部長の千反田えるに対し、大日向が「夜叉のようだ」と言ったうえに、千反田自身も「自分のせいだ」となぜか責任を感じていることから、折木は何があったのか探ることを決める。  折木は部員から話を聞くため、学校のマラソン大会中に、部員との「距離を概算」してペースを調整する。古典部の部員は折木と大日向を除くとたった三人とはいえ、思い切った方法だ。折木は「俺が何を考えどんなことに気づいたとしても、最後は大日向が決めること」と線引きをした上で二〇キロを走り始める。  大日向と初めて会った新入生歓迎会から今日までの日々を振り返ると、大日向は「あたしの友達が言ってたんですけど」と前置きをしてから意見を述べることが多かった。一般的には、自分自身について、言いにくいことを言う時の決まり文句ととれる。しかし大日向の「あたしの友達が言ってたんですけど」の後に続く言葉は、本当に誰かの言葉であり、その誰かから大日向はかなり影響を受けているようなのだ。  折木が概算したのは、古典部部員との物理的距離だけではない。大日向との心の距離も概算しながら近づいていかなければならなかった。部員の話と自分の記憶から推理するうち、大日向の知られたくない秘密を自分は今から暴いてしまうということに気づいたからだ。しかし、部長の千反田の傷つきを軽くし、誤解をとくためには、近づかなければならなかった。  大日向も「友達」との距離を概算する必要があっただろう。彼女はその友達に「自分」を浸食されつつあったからだ。他人の心に近づきつつも離れることを忘れない折木と、近づき続けてしまう大日向は物語の中で対照的な存在だった。  自分を守るために人との距離を取ることは大切だ。下手をすると相手も自分も得をしないどころか大きな傷を負うことになる。しかし「大切な人の思いなら応えたい、困っているなら助けたい」と、磁石のように引き寄せられてしまうのが、人の優しさでも、危うさでもあるのではないだろうか。二〇キロ走り終えた折木を待つのは、すっきりとしない曇り空のような真実だ。そんな曇り空をどのように見つめるか、読者に考えさせてくれるのが本書の魅力である。

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