2025/08/08号 4面

次期戦闘機の政治史

次期戦闘機の政治史 増田 剛著 石本 凌也  「戦闘機をテーマに据えた本」と聞けば、どのような本を思い浮かべるだろうか。いわば「軍事オタク」向けの本だと決めつけてしまう人も少なくあるまい。正直にいえば、かくいう評者もその一人である。  しかしながら、本書はそうしたものとは大きく趣を異にする。本書が焦点を当てているのは、戦闘機そのものではなく、「戦闘機と政治の関わり」だからだ。各節目において、日本はなぜ、そしてどのように次期戦闘機の選定を行なったのだろうか。この問題について長く独自の取材を続けてきた手練れのジャーナリストが、その政治プロセスを明らかにしたのが本書である。一例を瞥見してみよう。  二〇二二年一二月九日、日英伊政府は、次期戦闘機の共同開発プロジェクト「グローバル戦闘航空プログラム(GCAP)」を行うことを発表した。三ヵ国は、二〇三五年までの計画完了と新戦闘機の配備開始を目指すという。日英伊にとっては、安全保障上の利益だけでなく、経済的にも利益のあるものであった。翌年には、開発の司令塔となる国際機関GIGOが設立され、具体的にプロジェクトは動き出すこととなった。順調な門出である。  その一方で、ここには大きな疑問が依然として残っている。それは、なぜ日本は新戦闘機の共同開発のパートナーとして、同盟国の米国を選ばなかったのかという問いだ。日本の戦後の戦闘機体系は、事実上の「米国オンリー」だったにもかかわらず、である。  実は当初、日本は米国へ共同開発を持ちかけていた。しかしながら、具体的な協力の仕方を模索する過程で、両国の様々な思惑が交錯したために実現に至らなかったと著者は指摘している。  日本側の当局者は、八〇年代から九〇年代頃のF2導入をめぐる問題や二〇〇〇年代後半のF22の輸出禁止といった歴史的経緯から、米国議会の外圧、さらには重要技術や情報を日本へ開示してくれない米国の姿勢に対して、ネガティブな感情を抱いていたという。それに、次は日本主導で最高峰の戦闘機を作りたいというナショナル・プライドが重なった。  とはいえ、日本が主導して開発を行うということは、必ずしも日本単独でそれを行うことを意味しない。実際に、当初日本は米英との共同開発を望んでいた。しかし、日米の間には、タイミングという点でも技術という点でも「大きなずれがあった」と著者は述べる。また、そもそも米国は、将来の航空戦等の主役は無人機であると考えており、有人機である日本の次期戦闘機にそれほど関心がなかった可能性も併せて指摘されている。  面白いのは、こうした状況が日米双方にとって決してマイナスに働かなかったという点だ。日米間の「ずれ」を受けて、日本は次期戦闘機開発における対英協力を深め、その過程でイタリアも加わった。一方で、日本は周到な米国への根回しを行い、次期戦闘機と連携するための無人機の開発に向けて、米国と協力を進めていくこととなった。まさに「ウィン・ウィン」であり、外交という政治のアートであった。  こうした政治プロセスの多くが、「人」の声で描かれている点は、本書の特徴であろう。著者の体験やエピソードもふんだんに散りばめられている。それらは、その時々の臨場感を読者にもたらすだけでなく、政治という営みは、「人」がそれぞれの思いや利害を抱きながら織りなすものだという、当たり前だけれども重要なことを改めて気づかせてくれる。  さらに著者は、次期戦闘機の選定だけにとどまらず、その完成機の輸出問題や、F35を引き合いに、最新装備の導入と「専守防衛」という戦後日本の原則との関係にまで射程を広げて検討している。その試みは、国内政治と国際政治の連関を多面的に描くだけでなく、「平和国家」としての日本のあり方や、戦後日本、さらには日米同盟という大きいテーマにも重要な示唆を与えている。独自の取材をもとに、関連するより大きいテーマについて世に問う。まさにジャーナリズムである。  ややもすれば、「ニッチ」といわれそうな「戦闘機と政治の関わり」というテーマが我々に投げかけるのは、決して小さな問題ではない。それは、自国の安全保障を確保するための、また日米同盟の一側面を明らかにする政治プロセスにとどまらず、国際環境の変化に伴う日本の政策変化が、国家のアイデンティティをどう変える可能性があるのかという「大きな物語」にまで及ぶことを、本書はさし示している。  著者の手招きに導かれ、戦闘機という小さな穴から覗いた先に見えたのは、今を生きる我々に突きつけられた大きな問題そのものだったようである。(いしもと・りょうや=北海道教育大学教育学部函館校講師・国際政治学・アメリカ政治外交史)  ★ますだ・つよし=政治・外交ジャーナリスト。一九九二年NHK入局。政治部記者、ワシントン特派員、解説委員、NHK国際放送局記者を歴任。二〇二五年四月NHKを退社。著書に『アメリカから見た3・11』『日朝極秘交渉』『ヒトラーに傾倒した男』など。

書籍

書籍名 次期戦闘機の政治史
ISBN13 9784805113486
ISBN10 4805113480