在日朝鮮人作家 金鶴泳の文学と思想
沢部 清著
真木 由紹
金鶴泳の名を知ったのは二十年ほど前に読んだ荒川洋治のエッセイの中である。後にクレイン社から出ていた作品集を捲り始めたわけだが、何より先ずその独りよがりな暗さが際立って映ったのを覚えている。とにかく読んでいて苦しいのだ。吃音、民族、家族など、語り手の〝切実〟が切実のまま提示される書きぶりは、笑いどころのない独り相撲を見せつけられているようでもあった。
本書『金鶴泳の文学と思想』は金鶴泳の登場した時分の時代背景、在日朝鮮人文学の状況に対する言及から始まり、その中で金鶴泳作品がどのように文学界に迎えられたか、先行する評価も漏らさず記している。
著者は例えば、金鶴泳作品の特色を一早く指摘したものとして竹田青嗣の『〈在日〉という根拠』を挙げる。その中で竹田は、金鶴泳が生きていくことに苦悩する個人を描いている点で、他の日本人社会における差別を戦いの相手とする在日朝鮮人作家達と異なることを述べるわけだが、これに対して本著者・沢部は竹田の考える対象が金の初期作品であったことを考慮した上で次のように言う。「いくら一個の同じ人間でも、二十代そのままに三十代、四十代を順調に過ごせるはずがない」、この言葉はまさに金鶴泳の始まりから終わりまでを概観する本書の構成につながるものだ。
著者は政治的、社会的環境の推移を背景として押さえつつ、金鶴泳の文学と思想の変遷を辿っていく。その道筋は小説内で終始するものではなく、外にはみ出るものとなる。日記やコラム等、これらもまた著者の凝視する生きたままの対象であって、評伝的作品論とも言える本書は金鶴泳の作家人生を初期、中期、後期の三つの時期に区分する。
初期を考察する第一部は先ず『凍える口』から始まる。凍える口とは言うまでもなく、吃音を示すわけだが、その主は政治の時代にあって下宿先の日本人にまでその民族意識の希薄さを指摘される〈ぼく(=崔)〉である。語り手の〈ぼく〉はある意味、分かりやすく、在る。この青年にとって他人との意思疎通を阻む吃音こそが一大事であって、「ぼくにとって唯一の、そして最大の闘争相手」である吃音が民族や社会や政治などに前景を譲ることがない。
例えば著者はこの作品の横に金鶴泳の日記を並べる。そこで分かるに、日記における「私」は〈ぼく〉と大差がないのだ。となれば金鶴泳はいわば当事者とも言えてしまう。そして、この当事者は、小説に移り身するにあたって芸を挟まない。生身をあまりに直截に使うのである。無論、良し悪しを問う話ではない。第一義はあくまで本著者が金鶴泳の小説とそれ以外を行ったり来たりしながら金鶴泳自体の思考を辿ることであり、そんな著者の肩越しに我々読み手は金鶴泳を新しく捉え直すわけである。
その後、科学用語を題名に使った三作を経て、『まなざしの壁』に至り、この一連のうちに問題対象を吃音から民族問題に変える形で中期を迎える。芥川賞候補を四度も経験することになる中期には韓国籍への移行が完了する。加えて統一日報社にコラム等を執筆することで結果、二足の草鞋を履くことにもなるわけだが、肝心の小説作品においては家庭内の強者である父親の存在、および北朝鮮へ渡った妹たちの存在が色濃い。四十代にあたる後期は、それまで書いてきた主題が小説の構想に力を貸さなくなってきた時期である。酒量が家計を圧迫するほど増し、日記にも気晴らしに酒を求める記述が増えていく。
尚、著者は全編を通じて金鶴泳が個の苦悩に徹したことを随所に繰り返している。そこに著者の金鶴泳作品に対するこだわり、携わったことわりがあるように強く思える。例えば、こんな記述がある。〈自分の生き甲斐を求める上で、「個」として在日朝鮮人である自らのアイデンティティのありようを探しながらも、決して安直に「民族」に溶かし込むことはしなかった〉
つまり普遍の苦悩ということである。今一度、金鶴泳を読もうと思う。(竹内栄美子・信田さよ子解説)(まき・よしつぐ=作家)
★さわべ・きよし(一九四六―二〇二四)=東京大学経済学部を卒業後、エネルギー関連企業に就職。同社代表取締役会長を務めたのちに退職し、在日朝鮮人文学の研究を志して宇都宮大学大学院へ。同大学院修士課程修了後、明治大学大学院文学研究科日本文学専攻に入学、同大学院博士後期課程在学中に永眠。
書籍
書籍名 | 在日朝鮮人作家 金鶴泳の文学と思想 |
ISBN13 | 9784907623777 |
ISBN10 | 4907623771 |