著者インタビュー
作家の五条紀夫さんが、5作目となる長編小説『町内会死者蘇生事件』(新潮社)を上梓した。ハラスメント三昧の町内会長の権造を殺すことを決意した、健康・昇太・由佳里の3人。酒に酔わせ風呂に沈め、計画は大成功! だが、翌朝のラジオ体操には元気な権造の姿が。
「誰だよ! せっかく殺したクソジジイを勝手に生き返らせたのは!?」健康たち「殺人犯」は、今度こそ確実に権造を殺すため、彼を生き返らせた「蘇生犯」を追う。刊行を機に、メディア初登場となる五条さんにお話を伺った。(編集部)
――ミステリ作家を目指したきっかけを教えてください。
五条 僕は2022年に『クローズドサスペンスヘブン』が新潮ミステリー大賞の最終候補となり、作家デビューしました。それもあって、現在はミステリの依頼をいただくことが多いです。でも実は、ミステリに強いこだわりがあったわけではなかった。とにかく面白い話を書きたかっただけなので、ジャンルを問わず新人賞に10年ほど応募を続けていました。
そのため僕の作品は、ミステリの枠にとどまらないと、自分では思っています。登場人物が全員死者の『クローズドサスペンスヘブン』、小説の中が舞台の『イデアの再臨』、チクワ×サスペンス『私はチクワに殺されます』、あのメロスが謎解きをする『殺人事件に巻き込まれて走っている場合ではないメロス』、そして新作、殺人犯が蘇生犯を追う『町内会死者蘇生事件』。どれも一応ミステリではあるものの、どちらかというと謎解きを含んだ総合エンタメという感じですね。
――五条さんの作品は着眼点が斬新で、いつも驚かされます。ギャグとシリアスのバランスも絶妙で、読者を楽しませたいという思いが伝わってきますが、意識していることはあるのでしょうか。
五条 ショートショートを書いていたこともあって、アイデア自体は腐るほど思いつくんです。思いつきすぎて、実際にいくつか脳内で腐らせてしまっているほどです(笑)。新潮社でお仕事をするときは、担当編集さんにネタを10本くらい送り、その中から面白そうなものを選んでもらって書き始めます。
執筆中には常に、「どうしたら読者が楽しんでくれるか」を意識しています。たとえば情報が並ぶ説明ターンなどは、動きがない分、退屈な場面になりがちです。そこをより面白くするため、時系列を前後させたり、情報の開示順を変則的にしたり、構成を工夫しています。『町内会死者蘇生事件』でも、そういう仕掛けを施している場面があるので、密かに注目していただけたら嬉しいですね。
また、本作では、冒頭から健康たちが殺人を犯します。普通に書くとめちゃくちゃ重たくなるのですが、冒頭は読者に作品の雰囲気を示す重要な場面なので、意図的に笑いのポイントを入れ込んでいます。そうやって場面ごとの意味を考え、全体のバランスを取っています。
――『町内会死者蘇生事件』は、殺人犯が蘇生犯を追う。探偵役が殺人犯を追う通常のミステリとは、すべてが逆の物語です。
五条 小説の根幹にはコンセプトとテーマがありますが、僕はまずコンセプトを考えるんです。今作は「逆ミステリ」がコンセプトでした。目次を見てもらうと、「倒叙ミステリにはならない」、「次の犠牲者は現れない」、「地道な捜査なんてしない」など、すべて王道のミステリとは逆になっています。
――本作の舞台は、埼玉県・信津町です。顔見知りばかりの閉鎖的な地域で、会長の権造をトップに町内会が大きな権力を握っている。この舞台を設定した理由をお聞かせください。
五条 僕の作品のうち、新潮社から刊行されている『クローズドサスペンスヘブン』『イデアの再臨』は、世界観から練り上げている特殊設定もので、いわばハイファンタジーに近い。この路線を続けると、いずれスケールがインフレを起こすだろうと感じていたんです。
そこで次は、もっとミニマムな物語――たとえば一部屋の中だけで完結するような物語などを考えていて、その流れから、今作は閉じた集団が中心となっている町内会という舞台に決定しました。ちなみに、信津町は埼玉の設定ですが、イメージは僕がかつて住んでいた東京の郊外です。
――パワハラ・セクハラ・モラハラの三拍子が揃ったクソジジイの権造。語り手の健康、彼と幼なじみの由佳里と昇太の3人と、公営団地に住む克己。本作の登場人物は全員、クセが強い。どのように人物設定を決めたのでしょうか。
五条 僕はキャラクターではなく、先にストーリーから考えるタイプです。この展開にするにはこの役割の人物が必要で……というように、物語に当てはめながらキャラクターを作る。プロットの段階で大まかな役割と性格を決めて、あとは書きながら口調や外見を固めていきます。
由佳里は気が強く、昇太は気弱な青年。克己は神経質だけれど、信津町の出身ではないので冷静な視点を持っている。それぞれ描きたい場面が先にあって生まれてきました。でも、出来上がってみれば、みんな愛着の湧く人物像ですね。
――良くも悪くも人望がなく、一番、倫理観が怪しい主人公の健康が、個人的にはツボでした。
五条 全員からドン引きされる行動をしたり、その場の空気で適当なことを言ったりするところは、『クローズドサスペンスヘブン』の主人公ヒゲオと似ていると思います。ただ、健康もヒゲオも、表面上おちゃらけているだけで、内面には弱い部分もあるし、葛藤も抱えています。そういう強がりなキャラクターが好きなんですよね。
余談ですが、知人曰く僕の性格はヒゲオにそっくりらしいです。でも、読者の感想を見ると「ヒゲオがうざい」というものが多い。健康やヒゲオが苦手な方は、僕とは仲良くなれないかもしれないですね(笑)。
――本作で欠かせないのが町に伝わる秘術による「死者蘇生」という特殊設定です。
五条 担当編集さんにアイデアを提出した段階では、「郊外に住む殺人犯たちが蘇生犯を追う」という大枠しか思いついていなくて、死者蘇生の具体的な方法は後から考えました。科学的にする案もありましたが、ある「キーアイテム」を巡る攻防を描いたほうがエンタメとして面白くなると思ったので、秘術というオカルト設定を用いました。それに伴うギミックの組み立ては大変でしたが、楽しめるものになったと思います。
ちなみに、この秘術に巻き込まれ、訳がわかぬまま何度も被害者になる登場人物がいますが、ブラックジョークとして笑ってもらえると助かります。
――バカミスっぽさもありつつ、特殊設定を最大限に活かした伏線回収と、最後に明かされる驚愕の事実。ラストはこれ以上ない、鮮やかな結末が待っています。
五条 読者によって読後に何を思うかは異なると思います。その一つひとつの感想は尊重されてしかるべきですが、作者としては、成長の物語を描いたつもりです。本作は「つまらない人生だ」という一文から始まります。主人公の健康は、なぜ「つまらない」と思ったのか、また、その考えがどう変化していくのか、読み進めることで追体験していただきたいです。なお、そういうテーマが立ち上がった時点で、登場人物たちがどういう行動をするのか、結末は決めていました。
たぶん多くの読者は、信津町から一度も出たことがない健康、由佳里、昇太に対して、精神的に幼いという印象を抱くと思います。呆れる箇所もあると思います。だけど最後まで付き合って欲しいです。ミステリにおいてトリックやロジックはもちろん重要ですが、僕はドラマとしても楽しめるものを描きたかったので、人間関係の葛藤や青春特有の悩みも書いています。――詳しくは言えませんが、終盤は興奮すると思いますよ。
――最後に読者へメッセージをお願いします。
五条 僕はやりたいことが多くて作品ごとに雰囲気を変えています。それこそ文体や構成といったディテールから作り込んでいるため、毎回、作風が異なると感じられるかもしれません。その中で今回の『町内会死者蘇生事件』は、デビュー作にあったような奇抜な発想とヒューマンドラマを、もう一度しっかり描いてみました。色々と言いましたけど、単純に面白い内容なので、難しいこと考えずに楽しめ!
一同 (拍手喝采) (おわり)
★ごじょう・のりお=作家。著書に『クローズドサスペンスヘブン』『イデアの再臨』『私はチクワに殺されます』『殺人事件に巻き込まれて走っている場合ではないメロス』など。
書籍
書籍名 | 町内会死者蘇生事件 |
ISBN13 | 9784101803043 |
ISBN10 | 4101803048 |