沖縄 軍事性暴力を生み出すものは何か
髙良 沙哉著
中道 寿一
今年は沖縄の「日本復帰53年」にあたる。「復帰」当日の本紙『週刊読書人』(1972年5月15日)に、「帰ってくる沖縄、帰ってこない沖縄人」(内山秀夫)というコラムが掲載されている。「沖縄は帰るが沖縄人は帰らない。沖縄人は私たち本土人と訣別して人間に連結する。帰らない沖縄人を私たちは、現代という歴史の、そのまた『歴史』的な存在と認識することでこの訣別に耐えるほかない」(傍点筆者)。沖縄人に「唯一正当な主権の請求者」という意味を込めて、「私たちが政治を人間の希望につなげる営為としうる契機は、日本には、この沖縄しかないのではないか。それは、政治を統治と思い込まない、あるいは思いこまされない倫理的発条の意義の確信である」とし、「沖縄を内面化すること」の重要性を指摘していた。戦争の残酷さが連日のように報じられ未だに終息せず、国内でも「周辺諸国との緊張」「台湾有事」の名の下に防衛力強化が進み、安全保障のためには仕方がないという雰囲気のなか、沖縄から痛切な声が届いている。
本書は、当時高校生だった憲法学者が、米軍人による小学校生徒への性暴力事件に衝撃を受け、日本国憲法のもとにありながら、なぜ沖縄においてこのような人権侵害が起こるのかを問いつづけ、現在に至るまで「軍事基地から派生する困難は、悪化こそすれ一向に改善されていない」状況を分析しその要因を抉出しようとする、極めて啓発的な論文集である。
【米軍基地と性暴力――国家・軍隊は加害の責任を負わなければならない】では、まず、軍事性暴力とは、「軍人による戦時下および平時の性暴力」、「男性性、暴力性、攻撃性という軍隊の特徴を反映した構造的暴力」であり、「被侵略地域での支配、略奪、報酬という意味」を持っているとして、「軍人たちは戦場において、他者を殺傷するため、他者を物質化するトレーニングを受ける。そして、実際の戦場では、敵を攻撃する手段として、性暴力も選択される。多くの戦場で性暴力は日常であり、攻撃の手段であるとともに軍人たちに対する報酬でもある」と指摘する。「駐留地域と軍隊との間をフェンスで分離」し、軍人たちを「地元住民から分離」し、「他者との『感情的な分離を強める』」米軍の「分離トレーニング」は、「他者としての『敵』を偽物化し、非人間化できるように」し、「軍人たちをより攻撃的にする効果がある」ことから、軍隊の構造的暴力としての性暴力は、「訓練段階においても発揮され、基地の外に流出する」として、軍隊の構造的暴力としての性暴力は戦時だけでなく、平時においても発生すると指摘する。次に、【沖縄における長期駐留軍による平時の軍事性暴力】では、軍事性暴力が軍隊の構造的暴力であるならば、「性暴力を実行した軍人を超えた国家・軍隊の責任」を問わなければならないとして、在日米軍基地の約7割が集中する沖縄における軍事性暴力を取り挙げ、1995年少女暴行事件の裁判記録をもとに軍事性暴力の実態を軍隊の構造的暴力として明らかにする。しかし、「具体的な事件処理は、個人対個人の刑事事件として処理されるため、軍隊の構造に着目した根本的解決に至らない」ことを指摘する。続いて、【日本軍『慰安婦』問題と沖縄基地問題の接点】では、「慰安婦」訴訟、2000年の女性国際戦犯法廷(民衆法廷)の記録を分析しながら、「軍事性暴力を過去から現在に続く問題」として捉えてこなかったために、「現代の軍事性暴力に向き合いきれていない」点を指摘している。沖縄は、第二次世界大戦中、「第三二軍が配備され…住民を巻き込んだ激しい地上戦が展開され」、大戦末期には米軍が「上陸し占領を開始」し、終戦後は27年間米軍統治下にあり、「復帰」後は、日米安保条約に基づいて米軍に提供され「軍事化され」続けている点を指摘し、「旧日本軍の性暴力に真摯に対応しないことは、現在の軍事性暴力を軽視し十分に対応できていない現状と地続きである」と主張する。
【琉球/沖縄差別の根底にあるものは何か――憲法の視点を交えて】では、いわゆる「沖縄問題」は、日米安全保障条約に基づいて「沖縄に集中させている在日米軍基地から派生する問題であり、本来的に琉球/沖縄だけで解決」することの困難な問題であるにもかかわらず、被害が琉球/沖縄に集中していることを示し、「なぜ日本政府や日本本土の日本人は、『沖縄問題』などといって、日本の条約に基づく不利益な状況を押し付け続けることができる」のかを問う。そして、「『沖縄問題』が、日本全土の問題意識として共有されず、そのため琉球/沖縄に問題を押しつけ、解決が進まない要因は、植民地主義に基づく意識にあるのではないか」と主張する。「琉球/沖縄に基地の負担をおしつけつづけることのできる感覚」は、「植民地・琉球/沖縄に対する差別意識」が残っているからであり、同時に、「琉球/沖縄の人々の中に内在化した被植民者意識」があるからではないかとも主張する。次に、【日米の沖縄軍事要塞化について考える】では、1971年に琉球政府が「日本復帰」に際して沖縄の声を日本政府と返還協定批准国会(沖縄国会)に伝えるために作成した「復帰措置に関する建議書」を取り挙げ、「建議書」前文に明記されている「新生沖縄の像」を示すことで、日本「復帰」は、「平和憲法を獲得し基本的人権の保護を得ること」を最重要とするものであったが、返還協定は琉球/沖縄抜きで結ばれ、「基地のない平和の島」要求は認められず、現在もなお「沖縄は日米の軍事拠点」とされ続けている点を指摘する。さらに、【沖縄の女性の人権】では、「戦中戦後の米兵による性暴力犯罪や事件、殺害のすさまじさ」が「『復帰』への大きな原動力」となり、復帰後も、基地がらみの人権侵害事件が多発し、地方自治も脅かされているのに、「反戦平和の理念の貫徹」に関する県民の考え方に変化が見られることを指摘する。その要因として、「沖縄の基地負担が、平和憲法と日米安保の併存を担保する要」である点を挙げる。「在日米軍基地を再編し沖縄に移動させ…日本本土の米軍基地を三分の一に減らすことで、心理的にも地理的にも遠い沖縄に基地が偏在する現在の状況」が作り出されたため、軍事性暴力が多発しても、「その被害は日本本土からは見えにくい」し、「日本本土における日米安保体制を良しとして受け入れる考えが大きく」なると、その体制に「反対しにくくなっていく」と分析する。だから事件が起こるたび、日米地位協定の改定が叫ばれても日本本土に届かず、「地位協定の不平等条項の問題が、国会で十分に審議され」ないと主張する。最後に、【沖縄から考える軍拡・平和――軍拡の現場から求める平和】では、自衛隊の配備・強化が進む沖縄の島々の現地調査を踏まえて、沖縄は今でも「戦場にしてもかまわない地域」とされているのではないかと危惧し、「日本国憲法が保障しようとする人間の尊厳が沖縄の島の隅々まで保障されること」の必要性を指摘している。本書は、「平凡な日常を守りながら生きている」人々の地平から、動かぬ政治を厳しく問うことによって、「沖縄の内面化」で見定めたあの「人間の希望につなげる営為としての政治」に通底する、極めて刺激的な書となっている。(なかみち・ひさかず=北九州市立大学名誉教授・政治思想)
★たから・さちか=沖縄大学人文学部教授・憲法学。著書に『「慰安婦」問題と戦時性暴力』など。一九七九年生。
書籍
書籍名 | 沖縄 軍事性暴力を生み出すものは何か |
ISBN13 | 9784877145026 |
ISBN10 | 4877145028 |