激しく煌めく短い命
綿矢 りさ著
土佐 有明
綿矢りさが女性同士の恋模様を描くのはこれが初めてではない。高校生の奇妙な三角関係を描いた『ひらいて』、艶っぽい性描写が際立つ『生のみ生のままで』という先行例がある。だが、新刊『激しく煌めく短い命』はそのどちらとも風情が異なる。官能的な性描写が前景化することは少なく、おくゆかしさと慎ましさが全体を支配している印象だ。赤裸々に女性性をさらけ出すことはなく、恋心が含羞という名のオブラートに包まれているかのようである。
主人公は成績優秀だが小心者の久乃で、彼女の視点で物語が進行する。話は二部構成。京都を舞台にした第一部で、久乃は中学校で知り合った綸と恋に落ちる。ふたりの出逢いは入学式。校則でまとめることになっている長い髪がほどけ、久乃は困惑する。すると、うしろに整列していた綸は久乃の動揺を察知し、とっさに髪を結んであげるのだ。恋の予兆としては余りにもさりげない、しかし眩しく、精彩を放つ描写である。
明るく活発で、流行にも敏感な綸は、今でいうスクールカーストの「一軍」だ。そんな綸と対照的に地味な久乃は綸に惹かれてゆく。久乃は授業中に綸に手紙を回し、彼女を真似てひそかにルーズソックスを履き、足首に秘密のミサンガを巻く。ふたりが胸や唇に触れあう場面も、恥じらいとためらいに満ちており、十三歳ならではの初々しい感性を細密に描出する。ただ、ふたりは仲たがいし、卒業式では殴り合いの大喧嘩に発展。ふたりの交友は途絶してしまう。
舞台が綿矢の出身地である京都であることも重要だ。綸のようにルーツが日本ではない生徒は、学校で先生に個別に呼ばれて面接をさせられる。また、中学校では同和教育などにも積極的だ。排他的な空気が強いとされがちな京都だからこその設定である。先述のおくゆかしさもまた、登場人物が皆、おっとりとした京都弁を使うこととも決して無関係ではないだろう。
第二部の舞台は東京で、ふたりは三二歳になっている。広告代理店の営業職で好成績をあげているが、仕事では無理をし、日常生活では疲弊し切っている久乃。一方、綸は彼氏がいるものの、その関係性はずっと不安定だ。そんなふたりは中学校時代からの共通の友人を通じて徐々に距離を縮めてゆく。
綿矢の恋愛小説を読むと、いつも胸がかきむしられる。恋に身をやつす登場人物は皆、心が乱れ、波うち、平常心を失ってしまう。その点、本作でのふたりは情熱を内に秘めるタイプであり、本音をごまかしてしまう局面もしばしばだ。だからこそ、相手への想いを正直に吐露する際のカタルシスは並々ならぬものがある。
特に第二部。初めは互いの腹のうちを探るようにコミュニケーションをとるふたりは、ともに複雑な事情を抱えており、当然、十七年間の空白はそう簡単に埋まらない。だが、いや、だからこそ、ある時堰を切ったように恋心がとめどなく溢れ出す場面には崩れ落ちそうになった。おくゆかしさと慎ましさの奥に秘められた過剰なまでのパトスとパッション――。普段は感情を抑制しているふたりだからこそ、紆余曲折を経ての幕引きには、これまでのどの綿矢作品よりも強く胸を打たれた。
六〇〇頁を超える本書には、「じらし」があるように思う。第一部が三六七頁。ふたりの距離が近づくまでは流行の恋愛小説と較べたら、余りにも変化する速度が遅い。友達として始まった久乃と綸の関係が交際に至るまでの導入も長く、接触はせいぜい軽い口づけ程度。思春期らしいといえばらしい展開だが、『ひらいて』や『生のみ生のままで』に比べて、粘度も温度も低い。このまま話が停滞するのか……と思ったところで、物語は俄かに動き出す。
そう、このじらしは第二部で冒頭から効いてくる。結末は伏せるが、六三四頁を読み切って心底良かったと想わせる展開が待ち受けている。このじらしが意図的な狙いだとしたら、いや、おそらくそうに違いないが、綿矢りさはまたひとつ小説家としての階段を駆け上ったと言えるのではないだろうか。(とさ・ありあけ=ライター)
★わたや・りさ=作家。二〇〇一年「インストール」で文藝賞を受賞しデビュー。「蹴りたい背中」で芥川賞を受賞。著書に『かわいそうだね?』『勝手にふるえてろ』『私をくいとめて』『意識のリボン』『生のみ生のままで』など。一九八四年生。
書籍
書籍名 | 激しく煌めく短い命 |
ISBN13 | 9784163920092 |
ISBN10 | 4163920099 |