J・S・ミル著『大学教育について』 渡辺 一樹  大学に入学してすぐ、卒業後に就くべき職業のことばかり考えていた。公務員か、メディア企業か。将来は広がっているようでいて、狭苦しい感じがした。本でも読んでおこうと思い、大学の書店で薄い文庫本を二冊手に取った。ミルの本の方は、『共産党宣言』よりはわかりやすかった。ひとつの言葉が目に入る。「大学は職業教育の場ではない」。そんな気はしていた。だからこそ、大学は中途半端な場所に思えた。大学は、「有能な弁護士」ではなく、「哲学的な弁護士」を作る。意味がわからない、しかし、なにか特殊な場所にいることがわかった。そこから10年、変わらず大学にいた。哲学を学び、留学し、論文を書き、去年は大学教育のために闘った。ミルの言いたいことが少しわかってきたところで――そして、ミルとマルクスが同じ方を向いていたことがわかってきたところで――もうすぐ大学を出る。この10年は結局、あの二冊を理解するためにあった気がする。そしてやるべきことが見えてきた。(竹内一誠訳)(わたなべ・かずき=東京大学大学院博士課程・哲学)