2025/09/26号 4面

自伝

自伝 フリードリヒ・クリストフ・エーティンガー著 佐藤 貴史  ある人物の思想を学びたいとき、最良と称されている入門書を手に取ることもよいが、ときに彼/彼女が残した自伝や後の研究者が書いたすぐれた伝記を読むことで、その思想の特徴や独自性をよりよく理解できることがある。18世紀ドイツにおいてきわめて独創的なキリスト教思想を生み出した敬虔主義の神学者エーティンガーもまた、この例にもれないのではないか。本書『自伝 ある神学者の事実に合致した思想の系譜』はエーティンガーの思想の内実はもちろん、それがいかなる道程を経て形成されてきたかを読者にわかりやすく伝えている。  「世に傾く心と神へ傾く心とを全く同じほどもっていた」。エーティンガーは、このような自らの心境を「アウグスチヌスのような気持」と形容している。しかし、その中でも彼はまるで別人のようになり、神に仕え、神学にとどまることを決断した。  本書を読むと、エーティンガーにはいくつかの大きな出会いがあったことがわかる。二つだけあげてみよう。一つは、17世紀ドイツで主に活躍した神秘主義者ヤーコブ・ベーメの書物との邂逅である。一人の火薬製造職人は言った、「ここに本当の神学がある!」。「塩」「硫黄」「水銀」などの具体的イメージで「神の七つの霊」や「三重の生命の諸力」について比喩的に語るベーメを、当初エーティンガーは茶化しながら読んでいた。しかし、すぐに彼はベーメの書物と真剣に取り組まなければならないことを理解した。「永遠の御言葉」とは、「神性の至純の運動であり、その運動はご自身の内に自己を現したまうから〔至純の運動〕なのである」。永遠の一者たる神の中には永遠の働きがあるのであり、エーティンガーの思想を理解したければ、ベーメを避けて通ることはできないであろう。  もう一つは、エーティンガーが学識あるユダヤ人と知遇を得る場面である。「第一次の旅」で、彼はコッペル・ヘヒトというカバラー(ユダヤ神秘主義の一つ)学者と出会い、対話を重ねる。カバラーにのめり込んでいくエーティンガーに対して、ヘヒトは聖書のテキストにとどまるようにと助言し、キリスト者は明瞭にカバラーについて語っている書物をもっているではないかと述べ、こう断言する。「ヤーコブ・ベーメです!」。ここではキリスト教とユダヤ教における二つの神秘主義の遭遇が語られている。このような出会いの思想的帰結については、本書と同じシリーズから出版されているエーティンガー『聖なる哲学 キリスト教思想の精選集』(ヨベル、2023年)を読むことをお勧めする。同じ訳者による文章も読みやすく、『自伝』と同様、エーティンガーの思想を理解したい者が最初に繙くべき書物である。  エーティンガーは良質な神秘主義的伝統の中で自らの思想を形成していったとも言えるが、内へと閉じこもる秘教的神学者ではなかった。冒頭で述べたように、彼は「アウグスチヌスのような気持」で神とこの世のあいだを一時期揺れ動いたが、そのアウグスチヌスから「文字と霊」・「街路の知恵」(哲学)・「神の〔外から送られた〕摂理」のバランスを学び取ったことが記されている。彼にとって、「正直な心」とは「〔…〕良き意志をもつ〔と確信する〕熱心さからではなく、探究や手を尽くして門を叩くことを怠って判断をくださないようにすることである」。また同時にその時、「キリストの直接的な力が心の内にある」。エーティンガーはこの「直接的なもの」を「神の愛の流れ」と言い換えており、これが心の中にないならば、人は自ずと誤謬に誘われてしまうのである。  本書の出版経緯については、「あとがき」に詳しく書かれている。訳者、訳者のご家族、編者、出版社の緊密な働きがなければ本書の刊行は難しかっただろうと想像する。「学問と信仰の緊張」という表現――エーティンガーの言葉を使えば「世に傾く心」と「神へ傾く心」のあいだ――があるが、本書の翻訳・出版においては、このような緊張は微塵もなかったのではないか。両者の絶妙なバランスの中でこそ実現した企画だったのだろうと、本書を読んで書評者は強く思った。(喜多村得也訳)(さとう・たかし=北海学園大学教授・思想史)  ★フリードリヒ・クリストフ・エーティンガー(一七二二―一七八二)=ドイツ・ルター派の神学者・神智学者。ユダヤ人カバラー学者コッペル・ヘヒト、視霊者スウェーデンボルクなど、あまたの思想家との直截で物怖じしない交遊を通じて思索を重ね、独自の神学に到達した。

書籍

書籍名 自伝
ISBN13 978-4-911054-06-2