文化×地域×デザインが社会を元気にする
新川 達郎・松本 茂章編著
高橋 勅徳
地域活性化を目指す時に、私達が血眼になって探し始めるのが資源だ。誰がどのように伝えていったのかよくわからないのであるが、地方自治体の行政マンやNPOのメンバー達、はたまた経営コンサルタントの間では、地域内で生産されている農作物や漁獲物、埋もれている史跡や歴史的建造物、ひっそりと続けられている小さなお祭りや儀式などをリスト化(可視化)して、そこから地域活性化につながる事業をいかに組み立てていくのかを考えていこうという、一種のプログラムが共有されている。
評者は、2010年代に地域活性化をテーマに日本各地でフィールドワークを展開してきたのであるが、このプログラムからスタートして上手く行った事例を見た記憶がないというのが正直なところだ。この地域内資源のリスト化というプログラムがだいたい失敗に終わるのは、「売れる(であろう)資源」を探してしまうからだ。そもそも事業化可能な資源を有しているような地域であれば、衰退なんてしているはずがない。衰退している地域では、金になるような資源なんてそもそも無いというのが現実だ。実は地域活性化とは、「ないないづくし」の状態から、どうやって地域活性につながる事業を組み立てていくのかという難問にとりくまねばならないのだ。
新川・松本(編)『文化×地域×デザインが社会を元気にする』は、「売れる資源を探し事業化する」という従来の地域活性化の常識から、「文化を手がかりにして人が集まる状況を作り、そこから活性化の可能性をデザインする」という転換を迫る、魅力的なアイディアを日本各地の事例とともに提案している。
例えば、編者である新川が手掛けた「隣保館からコミュニティーセンター、そして岡崎いきいき市民センターへ」(4・4)では、もともとは京都市の同和対策事業として設置された施設の指定管理者を受託したNPO法人「音の風」に注目する。この手のコミュニティセンターは日本各地に存在しているのだが、残念なことに地域活性化の核になるような施設として運営されているのは稀だ。音の風は芸術や音楽活動の活動拠点としてコミュニティセンターを再編し、地域活性化の拠点として再生させた稀有な事例である。この事例で最も注目すべきポイントは、コミュニティセンターが「音を出せる場所」として再編されたことだ。現代はバンドでもダンスでも、はたまた単なる音楽鑑賞でも、どこかで音を出せば誰かから苦情が寄せられる世知辛い時代だ。だからこそ、「音を出せる場所」があれば、自ずと人が集まってくる。そして、集まった人達を中心に「何ができるのか」と、新しい事業を考えていく。新川が描き出す「岡崎いきいき市民センター」の試みは、「他者が集まる理由を提供し↓集まったところから、新しい事業を組み立てる」ことの繰り返しである。
本書の言う文化とは芸術作品や伝統芸能そのものではなく「表現したい人々の動機」であり、デザインとはデザイナーや建築家が手掛ける設計図ではなく「集まった人達をマネジメントし、新しい事業を生み出そうとする人々の営為」を意味する。この考え方を追求するために必要なことは、人が「集まる動機」に注目することが重要だ。私達は歌いたいし、踊りたいし、絵を描きたいし、語り合いたい。そのような動機を叶えてくれるものを中心において、集まった人々の中から地域活性化につながる事業をデザインしていけば良い。
必要なことはテーブルと椅子を置く、本がぎっしりと詰まった本棚を設置するといった、ごくごく簡単なことだ。高齢化が進んだニュータウンの市民講座(4・1)、病院の中のアートスペース(4・2)、街中の公衆浴場(6・2)、村の中で忘れられた小屋(6・3)など、本書は文化を手がかりに集まった人から事業をデザインしていく、様々な地域活性化の事例を、当事者の声を交えて教えてくれる良書である。(石井敦子・高島知佐子・竹見聖司・中村まい・宇田川耕一・岸正人・南博史・島袋美由紀・志村聖子著)(たかはし・みさのり=東京都立大学准教授・経営学)
★にいかわ・たつろう=同志社大学名誉教授・総合地球環境学研究所特別客員教授・関西大学客員教授・行政学・地方自治論・公共政策論。編著に『政策学入門』など。
★まつもと・しげあき=日本アートマネジメント学会会長・日本文化政策学会理事・文化と地域デザイン研究所代表・文化政策。編著に『文化で地域をデザインする』など。
書籍
書籍名 | 文化×地域×デザインが社会を元気にする |
ISBN13 | 9784830952777 |
ISBN10 | 4830952776 |