2025/10/31号 6面

「読書人を全部読む!」12(山本貴光)

読書人を全部読む! 山本貴光 第12回 政治の季節  「週刊読書人」を1958年の創刊号から読み始めて、目下は年末号まで読み進めている。創刊号が5月5日で、発行年の日付としては12月22日が1958年の最終号。通巻で33号分である。実際には翌年の年始号がその前年末に出たりすることもあるので、どこまでを年内の号とするかは見方によって別れるところだが、ここでは発行の年月表記に従って区別しておこう。  飛ばし読みをせずに読んでいることもあり、なかなか時間がかかる。自分の無知を埋めるために調べ物をしたり、紙面で紹介されている本を探し読んだりしているのも先に進まない一因かもしれない。その代わりと言ってはなんだが、当時の社会や文化のあり方の一端が、こんなことでもなかったら目に入らないようなかたちで意識に上るのはやはり面白い。1958年の紙面については次回以降、いくつか紹介を兼ねて記すつもりだが、今回はこの年の33号分を通じての印象を書き留めておきたい。  やはりと言うべきか、全体として政治に関する記事が目立つ。生活や社会に関わることは政治と無縁でないのだから、常に政治がテーマに含まれているとも言えるわけだが、1958年の「読書人」で俎上に載せられている政治に関わる記事は、一般紙の政治記事に近い形をとっている。どういうことか、具体例をいくつか見てみよう。  5月19日の225号(通巻3号)の1面は「〝話し合い解散〟の哲学」という見出しで清水幾太郎(1907-1988/51/学習院大学教授・社会学専攻)が執筆している。5月22日に控えた衆議院議員の総選挙についての評論だ。「静かで低調」な総選挙と評した上で、清水にとって「敵」である自民党ではなく、むしろ社会党を批判的に激励する内容となっている。教科書的に言えば、それに先立つ1955年に分裂していた社会党の再統一と、他方では自由党と日本民主党が合同して自由民主党が結成された保守合同によって、いわゆる55年体制と呼ばれる状況が生じて以来初の総選挙だった。  1号飛ばして6月2日の227号(通巻5号)の1面は、「総選挙の貸借対照表」と題して辻清明(1913-1991/45/東京大学教授・行政学専攻)が選挙結果を総括している。自民党は積極的に支持されず、他方で議席を増やした社会党がメディアから「予想外に伸びず」と叩かれたのはなぜか、与党自民党に有利な条件はなにか、といった点を分析してみせている。  同様にして、最終判決を翌年に控えた松川事件を扱った「法治国日本の暗さ」(広津和郎、6月23日)、「ある逆立ちの論理 〝道路問題〟にふれて」(中野好夫、7月28日)、「勤評闘争の底流をさぐる」(H・I、9月22日)、「〝暴力警察〟の論理と心理」(H・I、9月29日)、新警職法案反対デモについての「〝静かな行進〟に思う」(青野李吉、11月17日)、「「デモクラシー」の亡霊」(篠原一、12月1日)など、詳細は省くが、いずれも書評や書物とは直には関係なく、政治についての論評が一面を占めている。これらの記事を並べて読んだら、書評新聞の紙面だと思わない人もいるかもしれない。  時は安保闘争前夜であり、むしろ本番はこの後である。(やまもと・たかみつ=文筆家・ゲーム作家・東京科学大学教授)