2025/07/18号 4面

猛威を振るうストロングマン

外山文子・小山田英治・岩坂将充編著『猛威を振るうストロングマン』(兼原信克)
猛威を振るうストロングマン 外山 文子・小山田 英治・岩坂 将充編著 兼原 信克  冷戦が終わり、自由主義秩序が世界を覆うという希望が世界を包んだ。性急なワシントン・コンセンサスの下で「グッド・ガバナンス」が流行語となった。しかし民主主義に舵を切った多くの国では、ストロングマンと呼ばれる強権的な指導者が生まれた。本書は、プーチン・ロシア大統領、エルドアン・トルコ大統領、ドゥテルテ・フィリピン大統領、フン・セン・カンボジア首相、タックシン・タイ首相、プラユット・タイ首相、ミン・アウン・フライン・ミャンマー首相を取り上げて、その軌跡を比較し、強権政治の再興隆の理由を考えた好著である。  18世紀末の英国の産業革命後、英国、フランス、ドイツ、イタリア、米国、ロシア、ベルギー、オランダ、そして日本が世界的強国として躍り出た。インドネシアやマレーは人口が希薄で早くから植民地となっていたが、産業革命以降、ムガール帝国は英国に呑み込まれ、大清帝国は領土を蚕食されて「半植民地」(孫文)となり、ベトナムはフランスに、ミャンマーは英国に屈した。誇り高いアジアの国々の多くは植民地に貶められた。  20世紀中葉から、人類は急速に道徳の光を取り戻した。1945年の国連憲章は、自衛戦争を除く戦争を禁止した。第二次世界大戦で大日本帝国がアジアの欧米植民地を瓦解させた後、英仏蘭は銃を手にしてアジアの再征服に動いた。しかし、アジア人は、銃をもってその軍隊を追い出した。忘れてはならないのは暗殺された二人の聖人である。非暴力を唱え、「真実の力(サティヤグラハ)」を唱えてインドを率いたガンジーは、見事に英国王権のくびきを外した。そしてガンジーの心の弟子であるキング牧師は、米国に根強く残っていた制度的人種差別を壊滅させた。  20世紀末にはソ連邦を中心とした東欧共産圏が崩落した。社会格差の是正を理想として掲げたマルクス主義は、ロシアで最初の実験を行い、似ても似つかぬ独裁を産んだ。共産主義の圧政と経済的非効率は誰の目にも明らかとなり、共産圏は内側から崩壊したのである。  人種差別が終わり、植民地支配が終わり、ソ連共産圏が倒れた。誰もが平等であり、人間としての尊厳を持ち、愛と良心に基づいて自分の意見を述べ、公論によってルールを作る。民選の優れたリーダーがそのルールを執行する。それがグッド・ガバナンスの本質である。地球的規模で自由主義秩序が拡大する。誰もがそう思った。  しかし、それには時間がかかる。20世紀後半に独立した新興国は、今日、急速に工業化を始めた。彼らは先進民主主義工業国家が200年かけて歩いた道を数十年で駆け抜けようとしている。民族意識が高まり、時には、人為的に民族のアイデンティティが強化される。猛烈なスピードで、国民軍を作り、鉄道を敷き、道路を整え、ダムを作り、電気や水道をいきわたらせ、産業を興さねばならない。国民の意識を大規模に変えねばならない。そのために政府は強権化する。選挙にも介入する。しかし、いずれかの時点で国民と政府の間に成熟した信頼関係を構築せねばならない。国民が公民となり、政府が国民の意見を聞かねばならない。  民主主義を知らないうちに共産化したロシアには、そのような政治的伝統がない。エリツィン大統領の率いた新生ロシアは、冷戦後、G8に加入したが、プーチン大統領の下で諜報機関が支配する国に成り下がった。今、武力を用いて隣国ウクライナを侵略している。アタチュルクが明治維新を手本にして世俗主義と工業化を実現したトルコは、NATOの一員であり、EU加盟を切望しながら、エルドアン大統領の下で強権支配に傾いている。  ホロコーストで人口の4分の1を失ったカンボジアの復興を担当し、見事な経済発展を実現したフン・セン首相は、結局、息子のマナエトに権力の座を譲り、事実上の世襲となった。フィリピンは、1986年、アジアで最も早く民主化したが、国内の共産勢力と戦わねばならず、また、仮借のない麻薬撲滅に踏み切ったドゥテルテ大統領は、反植民地(反米)感情を隠さなかった。王権を守り抜いたタイでは、新旧勢力が対立し、クーデターでポピュリストのタックシン首相から軍人のプラユット首相に交代した。ミャンマーでは、軍部が民主主義を踏みにじっている。  だからこそ、日本は、価値の外交を掲げ、自由主義秩序を大西洋からインド太平洋に広げようという主張をより一層声高に唱えねばならない。それが唯一、アジアから工業化の第一波に乗り込んだ日本の歴史的な使命であろうと思う。(かねはら・のぶかつ=麗澤大学特任教授・笹川平和財団常務理事・国際政治学・安全保障論・外交史)  ★とやま・あやこ=筑波大学准教授・タイ政治・比較政治学。  ★おやまだ・えいじ=同志社大学大学院教授・開発政治学・途上国ガバナンス研究。著書に『開発と汚職』など。  ★いわさか・まさみち=北海学園大学教授・現代トルコ政治研究・比較政治学・中東イスラーム地域研究。

書籍

書籍名 猛威を振るうストロングマン
ISBN13 9784750358895
ISBN10 4750358894