イスラエル=アメリカの新植民地主義
ハミッド・ダバシ著
篠田 英朗
現在進行形のガザ危機の人道的惨禍を表現するのに、「ジェノサイド」という概念が用いられる。これに対して、より長期的な視点に立って、パレスチナの人々の苦難の歴史を総体的に捉えたうえで、ガザ危機を理解するときに用いるべき概念が、「新植民地主義」だ。本書は、著者がニュース媒体の連載記事として寄稿した文章を集めたものだが、その視点は「新植民地主義」に対する批判の姿勢で一貫している。
かつて欧州列強が、世界の他の地域を次々と植民地化していった時代があった。そのもともとの植民地主義の時代は、終わったのかもしれない。しかしそれは、世界から植民地主義が完全に消滅したことを意味しなかった。現にパレスチナは、イスラエルに長期にわたって占領され、支配下に置かれている。これは現代の新しい植民地主義である。
著者は、この視点から、欧州列強の奴隷貿易から、南北米大陸における虐殺などの歴史の延長線上に、現在のガザ危機を捉える。根源的な問題は、白人至上主義の思想を媒介にしたパレスチナの植民地化である。特徴的なのは、アメリカの権力者層が、イスラエルと一体になって、この「新植民地主義」を実行していることだ。パレスチナにおける新植民地主義は、アメリカにおける人種差別や排外主義などとも深く関わっている。
著者は、西洋中心主義の問題性を鋭く描き出した『オリエンタリズム』で有名なエドワード・サイードが奉職したコロンビア大学の文化社会学・イスラーム学担当の教授であり、サイードの同僚であった時期もある。著者は学術的議論に精通しており、理論的な基盤が堅固であるため、本書の主張は体系的であり、力強い。
著者は、パレスチナをめぐる「新植民地主義」の思想的な問題を、時事的問題を論じながら、批判的に論じていく。たとえば、イスラエルのプロパガンダ、米国の大学キャンパスにおけるガザ危機をめぐる抗議運動の高まり、ヨーロッパの哲学者たちが見せる西洋中心主義の伝統、アメリカ国内のキリスト教福音派の思想傾向とシオニズムの共鳴性、大統領選挙であらためて明らかになった米国の政治家たちの党派を超えたイスラエル偏向、ガザ危機の報道姿勢で見られる米国内主要メディアのイスラエル偏向、米国内外の言論人・文化人たちに見られるイスラエル偏向、米国内で暮らして米国政府の支援を受けながらイラン現体制を批判する亡命イラン人の欺瞞性などが、厳しく論じられていく。
本書の各章の文章は、2023年10月以降に書かれたものだ。そのため読者としては、様々な事象を思い出しながら、ガザ危機の深刻化の流れを追っていく緊張感を感じることになる。同時に、具体的な様々な事象を通して、「新植民地主義」が一貫して続いていることもまた、あらためて痛感する。
著者は、もともと留学生として米国に渡ってきたイラン人である。しかし米国滞在中に本国イランでイスラーム革命が起こったこともあり、その後は米国に滞在し続けている。そのためイランに対しても特別な関心と知識を持っており、ガザ危機をめぐって変転するイランに関する様々な動きについても、大きな注意を払っている。欧米人でも、パレスチナ人(アラブ人)でもないイラン出身の米国在住の中東専門家が、客観的な国際情勢の分析も披露しながら、パレスチナ問題に深い関心を抱いて、現実に対する憤慨の念を表明している点は、本書の特徴の一つである。
パレスチナ問題の専門家による翻訳は、非常に安定感がある。また適宜挿入されている訳者による解説も、要領を得ており、わかりやすい。現実の「非道な展開」を目にしながら進めた翻訳作業は「気が滅入ること」であったと述べながら、しかし「わずかでも真っ当な言説を日本にも届けなければならないという義務感」もあったと綴る訳者の貢献は、大きい。
正直に言って、読者にとっても、本書は非常に重たい内容を持つものに感じられるだろう。だがその意義は非常に大きい。(早尾貴紀訳)(しのだ・ひであき=東京外国語大学大学院総合国際学研究院教授・国際関係学)
★ハミッド・ダバシ =米国コロンビア大学教授・中東研究・比較文学。「イランのサイード」と称される。一九五一年、イラン南西部アフヴァーズ生まれ。
書籍
書籍名 | イスラエル=アメリカの新植民地主義 |
ISBN13 | 9784911256220 |
ISBN10 | 4911256222 |