イカ天とバンドブーム論
土佐 有明著
日高 良祐
1989年から1年半の短期間だけ深夜テレビ放送され人気を博したアマチュアバンドのコンテスト番組『平成名物TV三宅裕司のいかすバンド天国』。通称「イカ天」を軸に置きながら当時と今日の「バンドブーム」を論じる本書は、イカ天(と出演バンドたち)が示す「誰でもできそう」感覚に衝撃を受けてバンドを始めた経験をもつ音楽ライターの著者が、個人的経験も交えて論じる「バンド論」である。
著者の本論は5章構成で提示され、章間にはイカ天とさまざまに関連する人物のインタビューが挟まれる。『~論』というタイトルから身構える読者もいるかもしれないが、キーワードごとに付された情報量多めの脚注やイカ天出身バンドの充実したディスクガイドも付属し、ムック本のように気軽に読むことができる。かつ後述するように、インタビューの配置は慎重に構成され、各章の論旨とインタビュー内容が連関することで、ともすれば主観的な記述にも読めてしまう著者の「論」が効果的に補足される構造となっている。
1章はイカ天概論である。個性的な審査陣と玉石混交な出演バンドによる毎週のコンテストは、バンド活動は「誰でもできそう」と視聴者に思わせた。イカ天の背景にあったバンドブームとは、バンドを「聴く」と同時に「やる」ブーム、「プレイヤー」の文化だったのである。イカ天の送り手(審査員)と受け手(視聴者)それぞれのインタビューからは、そうしたスピリットの循環が見て取れる。2章はバンド各論となり、「たま」「リトル・クリーチャーズ」「人間椅子」を取り上げた作家・作品論が展開する。続けて配置される出演バンドへのインタビューからは、学生的なバンド活動と就職の関係、それでもバンドを続けることの意義を教えられる。
3章以降はイカ天自体の考察からバンド論により重点が置かれていく。ドメスティックな音楽性に焦点化したバンドブームは、先行する原宿「ホコ天」でのライヴや、「バンドやろうぜ」概念を展開した雑誌『宝島』に支えられていた。イカ天の社会的文脈を解説する3章の後に置かれた批評家と当時のレーベルオーナーそれぞれのインタビューは、ブーム自体への俯瞰的な解説となっている。4章ではコンテスト形式がつくりだす物語性のおもしろさが論じられる。これに続いて高校軽音部の現状が語られるインタビューは、ここまでのバンド論の今日的な概略説明として集大成的に読めるだろう。5章ではバンド形式の現代における意味を主題に、アニメ、アイドル、ボカロ、Kバンド、演劇までを縦横無尽に取り上げ、著者の見る今日のバンドブームが論じられる。
あらためて整理される情報量の多さや、イカ天を起点として投げかける論点の充実は、本書に読みごたえのある価値をもたらしている。とはいえ、提示される「論」の深掘り具合や実証性には多少の物足りなさも残る。たとえば、イカ天という「テレビ番組」を主題とする本書ではあるが、テレビというメディアへの分析が本論ではあまりなされない。番組の視聴経験や制作プロセスにおける特徴は、視聴者の地域や世代、ジェンダーで異なるバンド受容を生じさせたのではないか。ただし、こうした疑問を補足するのが挿入されたインタビューであり、そのための見事な人選は著者の音楽ライター経験の賜物である。
また、『けいおん』や『ぼざろ』を由来とする今日のバンドブームという見立ては、楽器売上伸張の事実はあれども、それはイカ天当時と同様の「バンドやろうぜ」の結果なのか。後藤ひとりのように孤独に演奏してYouTubeにアップしていたり、あるいは単なるアニメファンの消費活動の結果ではないのか。こうした当時と今日のバンドブーム自体の差異や変質こそが、バンド論としては読みたくもある。
とはいえ本書は、イカ天という過去の現象を今日的視点から考え直すことで、顧みられてこなかった多様な論点を提示する良書である。それらの論点からスタートして考察されるべき領野は大きい。繰り返しになるがインタビューの配置が絶妙である。バラエティ番組をテレビ放送でリアルタイム視聴するように、冒頭から順番に読み進めていくことをおすすめしたい。(ひだか・りょうすけ=京都女子大学准教授・メディア研究)
★とさ・ありあけ=ライター。音楽評、書評、演劇評、映画評などを執筆中。『ミュージック・マガジン』『NiEW』『Mikiki』『週刊読書人』 『intoxicate』『ユリイカ』『レコード・コレクターズ』『すばる』などに寄稿。劇団ポツドール『愛の渦』のパンフレットの取材・執筆を担当。監修・選曲を手掛けたコンピレーションCDに『トロピカリズモ・アルヘンティーノ』がある。
書籍
書籍名 | イカ天とバンドブーム論 |
ISBN13 | 9784866472386 |
ISBN10 | 4866472383 |