2025/11/21号 4面

海軍へ志願せよ

海軍へ志願せよ 木村 美幸著 木村 聡  本書は海軍の志願兵を巡る政策の変遷としての海軍史と、志願兵たちの志願の動機や社会での待遇、生活を扱う軍隊の社会史、青少年たちを軍へと導いた社会状況や、役所・学校への働きかけを見る地域と軍隊の三つの視点を、志願兵を軸に統合して著すものだ。  本書は先ず「志願兵によって立つ海軍」というステレオタイプの成り立ちと変遷を示す。よく知られるように、海軍はその特殊性から兵にも航海術や機械関係の特殊技能を要求した。故に海軍の徴兵期間は陸軍と比べても一年から二年ほど長かった。しかし、優秀な技術者となるにはそれでも時間が足りない。そこで海軍は長期服役を可能とする志願兵を重視した。表向きは献身的で兵役義務を率先して担う青少年像を求めつつ、優秀な人員を得るため海軍は様々な手を打つ。志願兵という職業が青少年とその家族に有力な選択肢と映るように待遇や制度の改変に加え、宣伝やポスター、双六、映画等の媒体を事例に、時代背景を勘案して海軍がどんな働きかけを行っていたのかが示される。志願者も、退役後にも役立つ機関や電気技術の習得、陸軍と比べての戦死・戦傷率の低さ、家族扶助料・終身恩給等の特権に惹かれて志願していた実態が明かされる。一方、これらの志願兵という職業の魅力は、景気や社会情勢、そして国家財政と海軍の行政的都合で上下し、それが志願者数に影響していた。著者はこの事実を海軍が自覚した上で対策を打ち出していたことを明らかにする。  さて本書は、こうした志願兵募集の在り方が変質してゆく過程を描き出す。当時、志願兵は試験に合格しても、その後の素行調査や海軍中央の人事計画如何によって、全員が正式採用されるわけではなかった。採用者が少ないと志願するだけ無駄だとして志願者が減る。この対策のために、志願者実績に応じた各道府県に対する割当制が始まったと著者は指摘する。一方、志願兵の待遇改善のため、海軍は志願兵全員の下士官への進級を前提とするようになる。予算の都合から採用枠は絞られ、一般兵の供給は陸軍同様、年限を短縮した徴兵を主軸とするようになった。こうして下級幹部養成のための一般志願兵制度が成立した。しかし、昭和恐慌が志願兵人気に再び火をつけ、試験対策本が作られるほどの人気職となる。そして太平洋戦争の開戦と戦局悪化が志願兵制度と割当制を変質させたと著者は喝破する。即ち、戦力回復のためにより多くの兵を必要とするようになった陸海軍は、徴兵割当を巡って争い始め、海軍は徴兵業務を担う陸軍への不信感を抱き、再び兵の供給の主軸に志願兵を据えるようになる。バランスのよい志願兵募集のための割当制は、地域に志願兵を供出させるノルマと化した。海軍の地方人事部が地域の海軍協会や村役場へ働きかけ、地方官吏や教員が自身の世間体を守るために本人と家族を説得した。一方、海軍志願兵は陸軍志願兵のみならず、国内の生産力維持のための工場労働や満蒙開拓団とも競合した。陸軍がそのバランスを取ろうとする一方、海軍は海軍志願兵を優先させたことも示される。飛行機兵の獲得を目的とした予科練制度も、戦局悪化に伴う徴兵の奪い合いの抜け穴として利用された。予科練志願者は徴兵の対象とならないことから、飛行兵としての不合格者を他の兵種の合格者とし、徴兵・志願兵と合わせ、少しでも多くの人員を確保しようとしたことが示される。  本書は「志願」制を巡る制度本来の理念や目的が、政治や戦局の事情から緩やかに、しかし表面上の建前をとどめながらも確実に強制力を伴う「供出」へと変質してゆく様子を、当事者を含めて描き出す。そこには総力戦体制の実態である勤労奉仕や物資供出への「国民の自主的な戦争協力」に共通する理論が志願兵徴募にもあったことが見て取れる。(きむら・さとし=別府大学文学部専任講師・日本近代史)  ★きむら・みゆき=岐阜聖徳学園大学専任講師・軍事社会史。著書に『日本海軍の志願兵と地域社会』など。一九九二年生。

書籍

書籍名 海軍へ志願せよ
ISBN13 9784642306232
ISBN10 4642306234