書評キャンパス
小川糸『ライオンのおやつ』
見藤 実紅
受験も佳境に入った高校三年生の二月、大好きな祖父が亡くなった。コロナ禍でなかなか会えず、共通テスト前に電話で交わした会話が最後となった。深い喪失感に包まれた私に母が勧めてくれたのが、『ライオンのおやつ』である。
物語の舞台は、瀬戸内海に浮かぶ「レモン島」。余命を告げられた主人公・雫が、ホスピス「ライオンの家」で残りの日々を過ごす。ここでは「もう一度食べたい思い出のおやつ」をリクエストできる特別な時間が設けられている。思い出の味を通じて過去を振り返り、人々は命の終わりにそっと寄り添う。雫もまた、自らの死への恐怖を抱えつつ、自然や食事、人の温もりに触れる中で「生きる意味」を見いだしていく。
「いつかは命が尽きるのだから、それまでは目一杯、この人生を味わおう。」
「今というこの瞬間に集中していれば、過去のことでくよくよ悩むことも、未来のことに心配を巡らせることもなくなる。」
これらの一節に強く心を打たれた。祖父の死を受け止めきれず、過去に囚われていた私にとって、「今を生きる」とは、苦しみも喜びも丸ごと受け止めて人生を味わうことだと示してくれたからだ。本を閉じたとき、胸の奥に沈んでいた悲しみが少しずつ洗い流され、「今」という瞬間を大切に紡いでいきたいと自然に思えた。
死を描く物語でありながら、本書の文章は不思議なほど柔らかい。島の風景の爽やかな描写、食卓に並ぶ料理やおやつの温もりは、読む者をやさしく包み込む。特に印象的なのは、雫が口にした「ソ」や「イイダコのおでん」である。「ソ」を食べたとき、雫はこれまで他人を優先して自分の感情を抑え込んできた人生を振り返り、せめて最後くらいは自分に正直になろうと決意する。また、ホスピスでお世話になった人の死に初めて直面し、病気発覚時のように胸に嵐が吹き荒れる暗い気持ちになっていたが、「イイダコのおでん」はそれを「命には終わりがあるからこそ、残された日々を味わい尽くそう」という前向きさへと変えていった。料理には作り手の人生や温もりが染みこんでおり、雫の感情の変化からも、そのおおらかな力が伝わってくる。まさに「食」が生と死をつなぐ場面である。
近年、死や老いに向き合う物語は多いが、本書の特色は「食」という身近な営みを通じて人生を肯定している点にある。誰にとっても思い出の味は存在し、それはその人の生きた証そのものだ。食の記憶が生と死をつなぎ、人生を温かく照らす。その視点は新鮮で、私自身が日々の食事や小さな時間をどう味わうかを考え直す契機となった。
新しい挑戦を始める人、自分らしい生き方を模索する人、あるいは喪失に直面している人。誰もが悩みや不安を抱えるいまだからこそ、本書は多くの人に必要な一冊だと思う。生きることの痛みと温もりを同時に抱えながら、「今を生きる」力を静かに与えてくれるからである。『ライオンのおやつ』は、人生を味わい尽くすことの尊さを伝えてくれる物語だ。読後に残るのは、死への恐怖ではなく、今この瞬間を生きようとする前向きな力である。私はこの本を、すべての「今を生きる人」に心から勧めたい。
★みとう・みく=帝京大学文学部社会学科3年。深夜のラジオ番組を視聴することが日々の癒し。ハガキ職人となり、パーソナリティに文章を読んでもらうことがひそかな夢です。
書籍
書籍名 | ライオンのおやつ |
ISBN13 | 9784591160022 |
ISBN10 | 4591160025 |