恐竜大絶滅
土屋 健著
田中 康平
強いもの、成功しているものが突然消える。日々の生活であれ、人の一生であれ、40億年の生命の歴史であれ、時々起こり得ることだ。それまでは永遠に続くのではないかと思われたのに、いざ消えてしまうと案外あっけないものだ。残されたものには、これから世が変わる期待感や不安感とともに、どうしてそうなったのかという疑問が残る。
その最たるものは、6600万年前に起きた恐竜絶滅ではないか。陸上脊椎動物において、恐竜はその生息範囲、生存期間、種の多様性、どれをとっても中生代の勝ち組であった。人類と同じく陸上で繁栄し、さまざまな生活スタイルを確立した。それなのに、6600万年前のある日、小惑星衝突とともにこの世から忽然と姿を消してしまった。いや、正確には恐竜類の一派である鳥が生き延びたのだが、力強く大地を踏みしめていた非鳥類の恐竜たちには終止符が打たれた。
本書は、中生代の陸海空にニッチを広げ、繁栄した生物たちにスポットを当てている。その筆頭は恐竜類である。白亜紀末、地上にはティラノサウルスやトリケラトプスをはじめとするスター恐竜が揃っていた。彼らは強く大きな存在だったが、進化の初期から栄華を極めたわけではない。元々は小型で他の恐竜に圧倒される存在だった。それが、長い時間をかけて繁栄の道を切り開いていく。本書では大河ドラマのような長い進化の道がわかりやすく綴られている。
この記事を執筆している2025年6月初旬、本書の監修者の一人である北海道大学の小林快次博士らの研究ニュースが飛び込んできた。ティラノサウルスのなかまの新種をモンゴルで発見し、その化石によってティラノサウルスまでの進化の道筋が書き換えられたという。新種化石の発見を機にデータが整理され、ティラノサウルスのなかまが何度もアジアと北米を行き来し、最終的に頂点捕食者の道を歩んだことが明らかになった。詳しく知らない人からすれば、「ティラノはでっかくて強い恐竜でしょ」の一言だが、実際は「紆余曲折あった苦労人(苦労竜?)」だったことがわかる。本書ではそんなティラノサウルスをはじめとする「苦労竜」のドラマを垣間見ることができる。
ただし、中生代に繁栄していたのは非鳥類型の恐竜だけではない。海にはアンモナイトやサメがいたし、大空には鳥類や翼竜が進出していた。また、恐竜の陰に隠れて地味な存在に思われがちだが、私たちにつながる哺乳類も恐竜時代の重要なメンバーだった。多様なグループが存在していたからこそ豊かな生態系が形作られ、それゆえ小惑星衝突時とのギャップに怖しさを感じる。
彼らはどのような歴史をたどり、白亜紀最後の日を迎えたのか。本書は恐竜以外の生物にも等しく目を向けているのが嬉しい。各章で陸海空の主要グループの進化史を紐解きながら、大量絶滅というキーワードで各々のドラマを収束させている。簡潔かつ論理的な文章がわかりやすく、第一線で活躍する研究者への取材もふんだんに盛り込まれている。また、ブレークスルーとなった論文が詳しく解説されているから、古生物学を志す学生にとっても学びが多いだろう。
著者は古生物学の書籍を数多く手掛けている土屋健さん。古生物学者なら誰もが知る取材熱心なサイエンスライターだ。監修者陣も国内のトップランナーが揃っており、きっと「土屋さんの本なら……」と監修を快諾したのではないだろうか。ちなみに、本書を読むと土屋さんの愛犬家ぶりがじわじわ伝わってくる。なるほど、プシッタコサウルスとラブラドール・レトリバーは同じくらいの全長だったのか。今度散歩中に確認してみよう。
恐竜絶滅から、私たちはどんなメッセージを受け取ることができるだろうか。約40億年前に生命が誕生して以来、絶滅を免れた種はいない。どんな生物もやがては絶滅する。それは人類にとっても同じこと。本書を読み終わる頃には、遠い昔の化石や地層からの声に耳を傾けたくなる。(監修=後藤和久・小林快次・高桒祐司・相場大佑・冨田武照・田中公教・木村由莉)(たなか・こうへい=筑波大学生命環境系准教授・古脊椎動物学)
★つちや・けん=サイエンスライター・オフィスジオパレオント代表・地質学・古生物学。科学雑誌『Newton』の編集記者、部長代理を経て、二〇一二年より現職。一九年にサイエンスライターとして初めての日本古生物学会貢献賞を受賞。著書に『古生物超入門』など。
書籍
書籍名 | 恐竜大絶滅 |
ISBN13 | 9784121028570 |
ISBN10 | 4121028570 |