2025/05/02号 4面

日系アメリカ人強制収容からの〈帰還〉:人種と世代を超えた戦後補償運動

 トランプ政権二期目が、またしてもアメリカ・ファーストの政策実現のため大統領令を乱発することで始まった。気候変動対策である「パリ協定」からの再離脱、露骨な反DEI政策、「不法移民」対策として南部メキシコ国境での緊急事態宣言、移民国家アメリカの法秩序の根幹をなす「出生地主義」制度の見直しまで、留まるところを知らない。  本書の出版日二月一九日には深い意味がある。八三年前の一九四二年の同日、ローズヴェルト大統領が発した大統領令九〇六六号により、太平洋岸の軍事地域から住民を強制立ち退きさせる権限が陸軍省に与えられ、日系人約一一万人の強制収容へと道がひらかれた。本書は、極小マイノリティであるアメリカの日系人が、戦時下での強制収容を「トラウマ」として抱え込みながらも、なぜ、どのようにして戦後に再定住から補償運動(リドレス)を実現していったのかを検証した優れた歴史研究であるが、そこで強調されているのは副題にある「人種と世代を超えた」人権意識や連帯意識である。この視座は、反戦運動の越境性を示した著者の『平和を我らに 越境するベトナム反戦の声』(岩波書店、二〇一九年)とも共通している。日系人のリドレス達成の過程を成功物語として「閉じた日系人史」や国民史に回収するのではなく、トランスナショナルな人権史の文脈において再検証した点が本書の研究史上の最大の貢献である。  評者は同じく大統領令が乱発されトランプ政権第一期がスタートした時期に、拙著『移民国家アメリカの歴史』(岩波新書)を刊行し、日本や中国などアジア系移民の歴史経験に学び、その歴史の教訓を日本社会に活かしていくことの重要性を説いたが、本書にも日本に向けた強いメッセージが込められている。戦後八〇年、昭和一〇〇年の今年、歴史とどう向き合うかがあらためて問われているが、著者は「エピローグ」の最後に、「戦勝国である米国でさえ、戦時中に行った不正に対して謝罪と補償を行ったのだから、敗戦国である日本は一層、外国人の戦争被害者に対する謝罪と補償に前向きになるべき」だと主張している。この点、深く共感した。  さて、本書は三部構成、全八章からなっている。プロローグで研究史を整理した上で、第一部では日米開戦後の米政府内での日系人の立ち退き・収容をめぐる対立に焦点が当てられる(第一章)。司法省と陸軍省の主導権争いは既知の史実ではあるが、市民権を持つ二世の収容に違憲の疑いがあることから、中西部や東部への出所・再定住が大戦中に早くから促進された過程を辿る(第二章)。また戦時転住局に勤務した学者たちが実施した調査・政策提言を同時代の「同化主義」と「文化多元主義」の論争と結び付けて分析している(第三章)。  第二部では、大戦末期から始まった西海岸への復帰を人種関係の変容とともに検討している。日系人の復帰に反発し排斥団体の活動が再燃するが、日系人部隊の活躍や日本の敗戦を機に排斥運動は沈静化していった(第四章)。こうして日系人支援の輪が広がった背景には、戦下の西海岸で軍需産業が急成長し、南部から大量の黒人や白人が流入するなどして人種関係が重層化していたことがあり、人種間協調を促進する組織が誕生していた(第五章)。  第三部では、西海岸への復帰が本格化する中で、日系人差別法の撤廃に成功し、戦前には困難であった専門職につく日系人が増加し、「モデル・マイノリティ」と称賛されるようになる過程とともに、一世世代が強制収容体験を封印していった過程が検証される(第六章・第七章)。ではなぜリドレス運動が開始されたのかを問うのが第八章で、六〇年代末からの収容所巡礼を通じて、若い二世や収容体験を持たない三世が、公民権運動やベトナム反戦運動の影響を受けた「アジア系」アメリカ人の社会運動の中で声を上げ始める過程、連邦議会公聴会での証言などを経て、日系人の自己の尊厳が回復するまでの過程が丹念に辿られる。  エピローグでは、リドレス運動の勝因として、日系人の強制立ち退き・収容を憲法で保障された人権侵害の事例とみなし、その再発防止を主張したことで、マイノリティ団体、公民権団体、帰還兵などの保守的団体までの広範囲な支持層が形成されたことなどが指摘される。現政権下で人権侵害が多発する今だからこそ、本書が広く読まれ、歴史の教訓を学ぶ機会となればよいと切に願う。(きどう・よしゆき=一橋大学教授・アメリカ史・人種・ジェンダー・エスニシティ研究)  ★ゆい・だいざぶろう=一橋大学・東京大学名誉教授・アメリカ現代史・国際関係史。著書に『戦後世界秩序の形成』『未完の占領改革』『なぜ戦争観は衝突するか』『好戦の共和国 アメリカ』など。

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