生活保障システムの転換
大沢 真理著
村田 隆史
大沢真理氏と言えば学部時代から書籍や論文を読み、「最新の研究を学ばせていただく」対象であった。大沢氏や神野直彦氏、金子勝氏、宮本太郎氏の書籍や論文を読むことは私の研究者生活の基礎となっている。大沢氏の『現代日本の生活保障システム 座標とゆくえ』(岩波書店、2007年)は大学院ゼミのテキストであったため、かなり読み込んだ。ゼミでの議論をふまえて、書評として発表しているが今思うと大それたことをしたものである。
まず、本書を読む上で、重要なキーワードを理解することが必要である。ここでは、生活保障システム、「男性稼ぎ主」型、逆機能、政策サイクルに絞ってみていく。
本書のタイトルにもなっている生活保障システムについては「生活保障とは、日々の暮らしや命を次世代につなぐ営みが、官民の制度慣行のかみあいをつうじて、なりたっていくことをさしている。そうした生活保障という観点から注目されるのは、『官』の制度政策の中でも税・社会保障、労働市場規制などであり、『民』では、企業の雇用慣行や家族・近隣の助けあい、非営利協同組織の活動などである」「官民の制度慣行がかみあう(かみあわない)ことを、『システム』として捉える」と定義している。
また、「男性稼ぎ主」型については「政府が対応するニーズとして、暗黙のうちに、傷病、高齢退職などによる所得喪失、そして子育ての金銭的費用など、主として男性に『平常』に生じる所得ニーズが、念頭に置かれてきた」と指摘し、結果的に「所得再分配が貧困をかえって深めるという事態」という逆機能を発生させ、特に「女性が働くこと、そして子どもを産み育てることにたいして税・社会保障制度が『罰を科している』、女性処罰的である」という。
大沢氏がこのように結論付けているのは、ジェンダーという要素をふまえた政策サイクルで分析しているためである。その視点は本書で一貫している。本来であれば「図序―1 政策サイクルのジェンダー化」を見ていただくのがよいが、本文から引用する。「政策が順調に機能するとは、①のニーズが適時に表出され、それが社会的にも政策的にも敏感に承認されて公認のニーズとなること、ニーズにふさわしい政策目標と政策手段が、政策主体の側で決定されること(②)、要員と予算という政策資源が確保され(③)、投入されること(④)、政策手段がスムーズに作動し(⑤)、政策が対象とする相手に資源が帰着し(⑥)、マイナスの副アウトプットが抑えられ(⑦)、資源が世帯内で適切に再分配されて(⑧)、ニーズが充足されること(⑨)をさす」と定義し、どこかの過程で機能不全を起こすことが逆機能を招くことになる。
本書は「はじめに これでは持続しない」「序章 生活保障システムの機能と型」で定義と課題設定がされた上で、「第Ⅰ部 多様性のなかの日本の位相」の「第一章 『男性稼ぎ主』型の成立と脆弱性」「第二章 『男性稼ぎ主』型の成果とその推移」「第三章 生活保障システムの機能―税と社会保障の累進度に着目して」「第四章 投資する国と処罰する国―子どもを産み育てること、就業すること」と続く。
「第Ⅰ部」では「男性稼ぎ主」型の成立過程を1920年代の社会保険制度まで遡って分析している。一般的には「男性稼ぎ主」型の成立を戦後の高度経済成長期に原因を求めるものが多いが、大沢氏は日本の社会保険制度の特徴といえる大企業本位の「段差がある縦割り」に着目してそこで性別役割分業が形成されたことを指摘する。高度経済成長期に定着した「日本型雇用システム」は「段差がある縦割り」の社会保険制度があることによって成り立ち、「男性稼ぎ主」型の問題の根深さを痛感する。また、国民生活基礎調査と全国消費実態調査(2019年から全国家計調査)を紹介した上で「所得」に注目する意義を強調し、「男性稼ぎ主」型の成立後の推移を分析している。その際、国際比較を用いることで日本の特異性が明らかになり、いかに「男性稼ぎ主」型が強固であるかがわかる。
「第Ⅱ部 アベノミクスを検証する」の「第五章 生活保障をめぐるビジョンの布置」「第六章アベノミクスはなにをしたのか パートⅠ―社会保障の重点化・効率化」「第七章 アベノミクスはなにをしたのか パートⅡ―コロナ禍よりもコロナ対策禍」「第八章 周回遅れから逆走し、苛烈な女性処罰―岸田『新しい資本主義』の実相」では2010年代以降の生活保障システムの動向と実態を分析している。
本書でも何度か指摘されているが、社会保障制度のセーフティネット機能の低下は2009年の政権交代前にも認識されていた。福田内閣時の2008年1月に設置された社会保障国民会議が社会保障制度の機能強化の流れを作ったという。これ以降、「男性稼ぎ主」型という用語は用いられないものの、政府文書には「昭和時代のまま」のシステムは是正の対象であることが記載されている。しかし、政策サイクルが機能しなければ、課題は解決しない。大沢氏は公表されている政策文書やデータを丹念に分析することで、生活保障システムの「男性稼ぎ主」型からの脱却が進んでいないことを明らかにし、むしろ「苛烈な女性処罰」が深刻化していることを指摘する。
「終章 命と暮らしを守る生活保障システムとは」では、これまでの「諸提案を見直し」「前提となる事実を再確認」した上で、「提案1:所得再分配機能を回復する」「提案2:『年金支援給付』で高齢者に最低生活を保障する」「提案3:就業インセンティブを損なう制度・慣行を廃止する」「提案4:ディーセント・ワークと同一価値労働同一賃金を」「提案5:『決める場所』に女性を増やす」を提起して締めくくっている。
私は本書の分析と結論を支持する。その上で、なぜ「男性稼ぎ主」型の生活保障システムがここまで維持されてきたのか?もみていかなくてはいけないと考えている。私は社会福祉概論、社会福祉原論、社会保障論、公的扶助論の講義科目を担当しており、日本における貧困問題の深刻化と社会保障制度の機能不全について大学生に伝えてきた。また、最近では学習会などでも話す機会をいただく。現状における問題点を認識はしてもらえるものの、現状を大きく変えようという動きにはつながらない。それを「受け入れているのか?諦めているのか?」と表現してきたが、大きく変わらない(と認識している)システムの中で、個人の生活を守ることに精一杯になっているのではないか?と考えるようになってきた。個人の生活を保障するためのシステムが所与のものとされ、社会のあり方を制限している。
本書を読み、改めて研究と教育で自分に何ができるのかを考えた。しかし、明確な答えは出ていないし、今後も出ないかもしれない。これは私だけの課題ではないはずである。そのために何ができるのかを大沢氏は問いかけているのではないか。(むらた・たかふみ=京都府立大学准教授・社会福祉学)
★おおさわ・まり=東京大学名誉教授・社会政策研究。一九五三年生。
書籍
書籍名 | 生活保障システムの転換 |
ISBN13 | 9784000616898 |