アフリカ経済開発論
高橋 基樹・福西 隆弘・山㟢 泉・井手上 和代・松原 加奈編著
牟禮 拓朗
本書は、2004年の『アフリカ経済論』、2014年の『現代アフリカ経済論』に続く、約10年ごとに刊行されてきたアフリカ経済をめぐる議論の最前線にあたる書である。序章と終章を含めると全14章、若手研究者らによるユニークな13のコラムも充実した、研究者だけでなくアフリカ地域に関心を持つ産官学すべての人々にとって有益な一冊である。各章はある程度独立して読むことができ、また概要を記した「この章で学ぶこと」だけでも大まかな内容が分かるよう工夫されている。もちろん、一冊を通読することで各章の有機的な連関に気づくと、より豊かな知見と示唆が得られることは言うまでもない。本文では参照先となる章が適宜明記されており、特に初学者にとって大きな手助けとなる。
さて、我々がアフリカ大陸の諸社会を想像するにあたって、多くのことが日本と異なっていることを知っておかなければならない。貧困や紛争、政治的腐敗などのネガティブ・イメージが浮かぶ人も少なくないだろう。実際それは多くの面で誤りではないし、その実情は各章でも詳しく論じられている。しかし、少子高齢化や人口減少問題が深刻化する我が国と対照的に、18歳以下の若者が人口の半分を占め人口増加も著しいというアフリカの社会状況を想像してみると、アフリカに向ける眼差しは大きく変わるかもしれない。本書からは、様々な課題に直面しながらも(国民としても国家としても)若くエネルギーに満ち溢れたアフリカ社会の様相がありありと浮かび上がる。
一口にアフリカといっても、そこは55の国、4000以上の言語が話される大陸であり、「アフリカ」として十把一絡げに捉えられるものではないとみる者もいるだろう。しかし、国家ごとあるいは国家内での多様性や複雑性を十分に理解した上で、それでもアフリカを一つのアリーナとするのは、この大陸を俯瞰してこそみえてくる視座があるためである。
本書の内容について触れていきたい。アフリカ経済をめぐって様々な議論が展開される本書において最も中心的に議論されているのが、産業構造の問題である。第4章で産業別の雇用者割合や、輸出シェアのデータが掲載されているが、このグラフからはアフリカでは農業従事者が未だ50%以上を占め、輸出品に占める工業製品の割合も他の中所得国などと比較して極めて低いことが分かる。こうした課題を受け、かねてから国際開発援助ではアフリカの産業転換に重きが置かれ、国内でも様々な産業政策が行われてきた。しかし、中国からの安価な工業製品の輸入増加などにより製造業の発展は滞り、インフォーマルな小規模零細企業が増加、大企業との分極化が生じた。大企業経営者は有力政治家と結びつくことで特権階級を築き、汚職など政治的腐敗が蔓延した。こうした状況は、援助対象国の政府に民主性や透明性を求める欧米諸国の開発援助と異なり、内政不干渉原則の下で権威主義国家であろうと積極投資を進める中国の海外投資戦略をさらに拡大させる土壌となった。また、これまで種々取り組まれてきたアフリカ地域経済統合の試みも、域内経済格差や旧宗主国の思惑などからがんじがらめになり、複数の枠組みが乱立し十分に機能しているとは言い難い状況が生じている。問題はアフリカ域内に留まるものではなく、先進諸国の責任も大きいことを認識しなければならないだろう。
以上は本書の議論のほんの一部ではあるが、まさにアフリカにおいて繰り広げられてきた開発援助をめぐる試行錯誤の様相と、それを阻む地域的(ローカル)、国家的(ナショナル)、アフリカ的(リージョナル)、国際的(グローバル)に拡がる複合的諸要因のダイナミズムが描かれている。これがつまり、先述した「この大陸を俯瞰してこそみえてくる視座」なのである。
本書の終章において、2100年にサハラ以南の人口は約34・5億人、つまり世界人口の約3分の1がアフリカ人になるという国連の人口変動予測が紹介されている。今後もさらなる激動が予想されるアフリカ大陸は、研究者にとっては知的好奇心の対象、実業家にとってはビジネスチャンス、また国際開発に携わる者にとっては発展の様を直に感じ取れる意義ある場所であるだろう。
アフリカにこうした関心を持つ者はまず、その政治・経済・社会のあり様を正しくかつ包括的に理解しなければならない。本書はその現状と複雑な背景を理解するための第一歩として、最も適した一冊といえるだろう。(むれ・たくろう=国際宗教研究所宗教情報リサーチセンター研究員・中東・北アフリカ地域研究)
★たかはし・もとき=京都大学大学院・神戸大学名誉教授・開発経済学。
★ふくにし・たかひろ=日本貿易振興機構アジア経済研究所開発スクール教授・開発経済学。
★やまさき・いずみ=近畿大学准教授・ミクロ実証分析・開発経済学。
★いでうえ・かずよ=明治学院大学専任講師・アフリカ地域研究。
★まつばら・かな=東京理科大学助教・労使関係・エチオピア。
書籍
書籍名 | アフリカ経済開発論 |