2025/09/19号 6面

フーコー『言葉と物』を読む

フーコー『言葉と物』を読む フィリップ・サボ著 飯野 和夫  ミシェル・フーコーの諸著作は、文学・人文社会科学系の著述家を集めたフランスの権威あるプレイヤード叢書に二〇一五年に加わったが、そこで『言葉と物』の校訂を担当したフィリップ・サボによる『言葉と物』論(二〇〇六年初版刊行)の翻訳が本書である。副題はこの翻訳書のために加えられたようだ。『言葉と物』は、よく知られるように、西洋の思想史を正面から取り上げたフーコーの代表作の一つで、私をふくめて、日本においてフランスの、あるいはより広くヨーロッパの思想史・科学史を学ぶ者たちにとっては、彼の著作のなかでももっとも注目すべき著作であり続けている。この著作が大きな論争を引き起こしたことも有名だが、サボによると、この論争が著作自体の豊かな内容をむしろ見えにくくしてしまったこと、フーコー自身の思想がこの著作の後も変化を遂げていったことなどにより、フランスでもこの著作を本格的に扱う研究は多くないようだ。日本でも、この著作に重点を置いた研究書は出ていないのではないか。『言葉と物』に長く興味をもち続けてきた者として本書の翻訳刊行を歓迎したい。  本書は『言葉と物』の後半の第二部、フーコーが前半の内容を受けて議論をフルに展開する部分に焦点を当てている。本書は本来ペーパーバックのどちらかと言えば小著であり、対象範囲を限定することは理にかなっている。とはいえ、本書はフーコーの複雑な内容の著作に「注解」を加えるものであるから、それ自体決して平易とは言えない。サボは、自分の言葉でフーコーの議論の運びを復元しながら、時折フーコーからの引用を挿入し、自身の解釈を加えることもやっている。ただし、読者が、サボの議論の内容が原著のどこに対応しているか一々確認していくことは難しいだろう。まずはサボの著作に集中し、その内容を細部までしっかり読み込み、理解することに徹するのがいいかもしれない。そうすれば、次に『言葉と物』を読み直す際の貴重な指針になるだろう。  本書は、原著と同様、後ろに行くほど密度の高い展開がなされる(特に「第二部注解」の3、4)。このあたりでは展開が目まぐるしいと感じられるかもしれないが、これは実はフーコーの原著の展開をかなり細かく復元した結果である。こうした部分を通じて『言葉と物』の全体像が浮かび上がることになるので、読者には粘り強く取り組んでもらいたい。フーコーは、第二部の後半の第九章、第十章では、近代思想を論じるに際して固有名詞をほとんど出さなくなるが(これは彼が同時代の思想を論じている感覚をもっていたことの現れでもあろう)、サボはハイデガー、レヴィ=ストロース、ラカンなど、フーコーの念頭にあったであろう思想家の名を挙げて論じており参考になる。第八章を扱う部分でも、フーコーが名を出さないか、簡単にふれるだけのアルチュセール、サルトル、ソシュールといった論者に言及され、やはり参考になる。また、「結論」部分の内容は本書の結論というわけではなく、『言葉と物』を、『狂気の歴史』『臨床医学の誕生』といった先行する著作と後続の著作との間に位置づけて、フーコーの思考の展開を考察していて興味深い。  さて、以上述べたことは、「序論」、「『言葉と物』第二部注解」、「結論」という本書の本筋部分にかかわっている。本書には別に、「『言葉と物』第一部概説」、「第二部分析的要約」、「用語集」といった頁が用意されている。ところが、これらは決して分かりやすいものではなく、むしろ『言葉と物』の内容に相当通じていないと理解が難しい。これらの部分はあまり気にせずに本筋に集中すべきだろう。  訳文は、扱う対象に対応してそれ自体難度の高いこの著作を、自然な調子の日本語に移すことができている。一方、日本語の文の構造や、フランス語の代名詞等に対応させた「それ」の使い方など、気になるところもないわけではない。読む際にはやや注意が必要かもしれない。(坂本尚志訳)(いいの・かずお=名古屋大学名誉教授・近現代フランス思想)  ★フィリップ・サボ=フランスの思想史家。リール大学教授。ミシェル・フーコーセンター所長。

書籍

書籍名 フーコー『言葉と物』を読む
ISBN13 9784750359472
ISBN10 4750359475