2025/11/07号 5面

それでも書いた女性たち

それでも書いた女性たち カタリーナ・ヘルマン著 斎藤 佑史  ジェンダー平等という視点で書かれる本が最近もよく出版されているが、それだけ男女差別の問題は根が深く、解決困難な問題として今なお様々な分野で取り上げられることが多い。本書はその問題を取り上げたドイツ語圏の女性作家の本を訳出したものである。具体的には一八世紀から二〇世紀の二〇人の女性作家を時代順に取り上げ、それぞれの作家が、男性作家と比べていかに不利な条件のもとに作品を執筆し、また発表せざるをえなかったかを振り返り、紹介するものである。  取り上げられた女性作家のうち、アネッテ・フォン・ドロステ=ヒュルスホフ、ルー・アンドレーアス=ザロメ、リカルダ・フーフ、アンナ・ゼーガースなどは、幾つか邦訳があり日本でも知られた作家であるが、その他の作家たちはほとんど知られていないといってよい。歴史的に見てもドイツ文学と言えば、男性中心であり、英文学や仏文学と比べても女性は少ない、それはなぜかという視点も本書の背景にあり、興味深い。  しかしそれはともかく、本書の特徴は不利な条件下で、ドイツ語圏の女性作家たちがいかに困難を乗り越えて作品を書き、それを出版にまで漕ぎつけたかの経緯を、それぞれの出生から死に至るまでの人生の軌跡の中でコンパクトに捉え紹介している点にある。不利な条件といっても、一八世紀と二〇世紀とでは違うことはいうまでもない。一八世紀のドイツ文学はレッシングに代表される啓蒙主義の時代だが、その恩恵を受けたのは男性作家であって、女性作家ではない。彼女らは啓蒙の枠外で、脇役に留まったのである。当時女性は大学で学問を学ぶ自由はなく、外で仕事を持つ権利や、創作活動の権利はなく、活動の場は家庭などの私的な範囲に限られていた。従って当時の女性作家は、作家になるためには父母や夫などの家族関係が最重要課題であり、そのことが本書ではよく見て取れる。時代が一九世紀から二〇世紀に進むにつれ、女性の立場が次第に好転するに従って、女性作家を成り立たせる環境も変化し、その変化をどう読むか、変わるものと変わらないものを見極めることが本書では読者に要求される。  本書の最大の魅力は二〇人の作家を取りあげながらそれぞれの時代を生きた女性たちの軌跡を、日記、手紙、作品の一部を引用しながら立体的に生き生きと描き出している点である。そこには女性作家たちが作品を執筆、出版するまでの男性作家とは違う並々ならぬ苦労の他に、彼女たちの生涯に渡る様々な葛藤、恋愛、結婚、離婚などの男性との関係、また著名な男性作家たちの交流など、エピソードを交えて紹介されているところが面白い。特にドイツでも今では忘れられた作家、ドイツ文学史に載っていないような作家の場合は興味を惹かれるのではないか。例えば、ヨハンナ・ショーペンハウアーである。ショーペンハウアーと言えば、自殺論で有名なドイツの哲学者であるが、母のヨハンナの名は作家としてどれだけ知られているだろうか。当時は有名な作家だったが、今は息子の母としてしか知られていない。こういう発見が本書に随所にみられ、読み物としての面白さも本書は備えている。  本書のさらなる注目点は、取り上げられた二〇人の作家のうち、七人がユダヤ系であり、女性である上にユダヤ人という二重の障害があることである。その上アンナ・ゼーガースのようにそれに加えて共産主義者という三重の障害があるにも関わらず、『第七の十字架』のような優れた作品を残した作家もいる。本書は言わばそういう障害を乗り越えて作品を残した女性作家たちの生きた貴重な記録ともいえるのだが、著者の言葉を借りれば、まだ読まれるべき女性作家は、何百人もいるという。その意味では、本書は男性優位社会のためにこれまで見えにくかったドイツ文学の世界に光を投げかける書といえよう。(木田綾子・野村優子・児玉麻美訳)(さいとう・ゆうし=東洋大学名誉教授・ドイツ文学)  ★カタリーナ・ヘルマン=ドイツの作家・批評家、ミュンヒェンのギムナジウムの教員。専門は宗教学。

書籍

書籍名 それでも書いた女性たち
ISBN13 9784810203462
ISBN10 4810203468